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75,中に入った生野と頭を抱える有希とチキンバーガー

 生野が言う。

 

「あれか?」


「違うよ」


 生野がこちらを見た。

 

「彼氏って料理人なんだろ? 厨房から出て来ることなんてあるのかよ」


「それは……そのうち出て来る、かも」


 用事がなければ出て来ないかもしれないが、こればかりはどうしようもない。

 

「かもって……」


 そのとき、カウンターの奥に伸の姿が見えた。

 

「あっ」 


 料理が出来たことを知らせるためか、沙也加に声をかけたようだ。


「あれか?」


「うん」


「よくわかんねぇなぁ」


 伸は、すぐに奥に入り、見えなくなってしまった。生野が、後ろからのぞいていた有希のほうに向き直る。

 

「全然見えなかったよ」


「えっ、ちゃんと見えたじゃん」


 だが、生野は憮然とする。

 

「あれじゃ、ただ男だっていうだけで、顔も何もさっぱりわからねぇよ」


「でも、確かにいただろ? もう十分じゃないか」


 これで約束は果たしたはずだ。そう思ったのだが、生野がとんでもないことを言った。

 

「てか、あれってホントに、お前の彼氏なのかよ」


「な……」


 何を馬鹿なことを。

 

「そうに決まってるだろ。こんな壮大な嘘をついてどうするんだよ」


 生野が、肩を揺すって笑う。

 

「壮大ねぇ」


「もういいだろ?」


「いや。まだだ」


 そう言うなり、生野はすたすたと歩き出した。呆気に取られているうちに、レストランの入り口に向かっている。

 

「ちょっと……!」


 大きな声を出すわけにもいかず、小声で呼びかけたが、生野は、中に入って行ってしまった。

 

「いらっしゃいませ」


 店の中から、沙也加の声が、かすかに聞こえる。

 

 自分が中に入るわけにはいかない。嘘だろ? なんてことだ。あいつ、何をするつもりだ……。

 

 有希は頭を抱えて、植え込みの前にしゃがみ込んだ。

 

 

 しばらくして、生野が店から出て来た。手に紙袋を持って、にやにやしながら近づいて来る。

 

「待たせたな」


 有希は、よろよろと立ち上がった。

 

「『待たせたな』じゃないよ。約束が違うじゃないか」


 生野は、しれっとして言う。

 

「しょうがないだろ。全然、顔が見えなかったんだから。顔もわからないんじゃ、せっかくここまで来た意味がないじゃん」


「そんな……」


「ちゃんと顔を拝んで来たよ。思ったより男前で、ちょっと妬けた」


「え?」


 妬けた、とは? だが、聞き返す前に生野が言った。

 

「安心しろ。余計なことは言ってないから。それより、腹減らない?」


「減らないよ」


 今は、それどころじゃない。

 

「まぁ、そう言わず。これ、テイクアウトしたんだ。一緒に食べようぜ」



 生野が、どこか座れるところはないかと言うので、噴水の前のベンチに行った。伸と今の関係になる前に、何度も話をした思い出の場所だ。

 

「なかなかいい場所だな」


 生野は、ベンチに腰かけながら、紙袋を開ける。そして、次々に中身を取り出し、隣に座った有希に差し出す。

 

「チキンバーガーとポテト、あと、コーラな。俺のおごりだから遠慮しないで食べろよ」


 有希は、それらを機械的に受け取りながら尋ねる。

 

「ねぇ、伸くんに会ったの?」


 もう呼び方がどうだとか、気にしている余裕はない。

 

「あぁ、会った」


 生野は、ハンバーガーの包みを開きながらそう言い、さっそくかぶりついている。

 

「会ったって、どうやって?」


 有希は気が気ではないのに、生野は時間をかけて、もぐもぐと咀嚼し、コーラをごくごくと飲んでから、やっと言った。

 

「うまいぞ。食べないのか?」


「だから……!」


 じれる有希に、生野が説明する。

 

「テイクアウトするって言って、出来上がるまでカウンターで待ってただけだよ。そしたら、出来たハンバーガーとポテトを持って来てくれた。


 後のことはウェイトレスにまかせて、すぐに引っ込んじゃったけど、短い間にばっちり見て来たぜ」

 

 それを聞いて、少しほっとする。ハンバーガーの包みを開けると、食欲をそそる香りがして、ようやく一口かじる。

 

 揚げたてのフライドチキンが、とてもおいしい。

 

 あっという間にハンバーガーを平らげた生野が、ぽつりと言った。

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