64,自分を淫乱だと思うこととメッセージを送ることと生野に「そっち系?」と聞かれること
「やべぇ、行こうぜ。次、化学だっけ? 昼休みの後に化学とか、だるいよな」
しゃべりながら生野は、先に立って、速足でドアへと向かう。有希も、急いで後に続く。
頬杖をつき、視線だけは、ぼんやりと黒板に向けたまま、有希は考える。エロい顔って、どんな顔だろう。
ふと浮かぶのは、伸のキスの後の表情だ。ひとしきり舌を絡ませ合った後の濡れた瞳。息が弾み、欲情し、もうキスだけではすまなくなっている顔だ。
いや、欲情しているのは、伸の顔を見つめている自分か。あのときにはもう、体の奥が熱く切なく疼いて、どうしようもなくなっているのだ。
伸と出会うまで、有希は恋をしたことがなかったし、恋に憧れてもいなかった。セックスにも、それほど興味はなかったのだが……。
まさか、自分がこれほど淫乱だとは思わなかった。正直なところ、今はいつも、そのことばかり考えていると言っても過言ではない。
だが、相手が誰でもいいというわけではない。自分が愛し合う相手は、世界中でただ一人の運命の恋人、伸でなくてはならないのだ。
そんなことを考えていたら、伸に会いたくてたまらなくなった。放課後の教室で、有希は、あふれる思いをメッセージアプリに綴って伸に送る。
メッセージは毎日、何通も送る。こういうことが、恋人に疎ましがられる行為だというのも、一般的な情報としては知っている。
だが、そうせずにはいられないし、優しい伸は、メッセージが来るとうれしいと言ってくれる。そして、有希が送ったメッセージよりは、ずいぶん短い返信をくれるのだ。
伸が、有希に気を遣って我慢しているとは思わない。伸は、そういう嘘をつく人ではないと知っているから。
――伸くん、今朝まで一緒だったのに、もう会いたくてたまらない。今日も一日、伸くんのことばかり考えていたよ。
伸くんは今、何をしていますか? 今日はお休みだから、部屋の掃除をしたり、料理をしたりしているのかな。
僕は学校が終わって、これから帰るところです。明日からまた、お仕事がんばってね。
伸くん、大好きだよ♥
「これから会いに行ってもいい?」と書きたいところを、ぐっとこらえて送信ボタンをタップする。さすがに、連日訪ねるのは気が引ける。
返信が来ないかと、しばらくそのまま待っていたが、伸は買い物にでも行っているのか、既読にもならない。
あきらめてスマートフォンを閉じ、顔を上げると、離れた席に座る生野と目が合った。いつの間にか、教室には、ほかに誰もいなくなっている。
こちらに近づいて来ながら、生野が言う。
「彼女?」
メッセージの相手のことか。
「違うよ」
スマートフォンをしまいながら立ち上がる。そんな有希に目を向けながら、生野は事もなげに言った。
「じゃあ彼氏か」
有希は、思わず生野の顔を凝視する。
同性の恋人がいることを恥ずかしいとは思わないが、わざわざ公言することでもないと思っている。誰もが理解出来ることではないとわかっているし、何より、伸に迷惑をかけたくないのだ。
「図星だな」
生野が真顔で言った。
「お前、顔に出過ぎ」
有希はむっとする。
「大きなお世話だよ」
「まぁな」
こんなやつとは話したくない。そう思い、そそくさと教室を出ようとすると、背中に声をかけられた。
「これから、彼氏に会いに行くのか?」
いちいち気に障ることを言うやつだ。伸に会いたくてたまらない気持ちを必死に我慢しているというのに。
有希は、振り返って言った。
「会いになんか行かない。家に帰るんだよ」
すると、生野が言った。
「奇遇だな。俺も今から、家に帰るところなんだ」
有希は、生野と肩を並べて、駅に向かって歩いている。一緒に帰るなどと一言も言っていないのに、生野が勝手について来るのだ。
横を歩きながら、生野は、無遠慮な質問をぶつけて来る。
「お前って、やっぱり、そっち系なの?」
無視すればいいと思いながら、つい反応してしまう。有希は、ぶっきらぼうに聞き返した。
「そっち系って?」




