65,声を大にして言いたいことと気まずい沈黙と伸に電話をかけること
「だから、男が好きなのか?」
「そんなこと、答える必要ないだろ」
有希の言葉に、生野がくっくっと笑う。
「それってもう、答えてるのと同じじゃん。へぇ、そうか。やっぱりそうなのか」
チクショウ。本当に癇に障るやつだ。
「やっぱりって、なんだよ」
生野が、ちらりとこちらを見て言う。
「見てりゃわかるさ」
「はぁ? 何それ」
有希は、小学校から、ずっと私立の男子校に通っている。自分の外見が中性的なことは自覚しているし、何度か同級生や先輩に告白されたこともある。
だが、これだけは、声を大にして言いたい。と言っても、実際に誰かに言ったことはないが、自分は、同性愛者というのとは、少し違う。
自分が好きなのは、あくまで伸一人であって、それは、同性とか異性とかいうことを超えた問題なのだ。なぜなら伸は、自分が生まれる前、つまり前世から定められた、運命の相手なのだから。
そのことについては、同性愛以上に人に理解される話ではないとわかっているので、有希と伸以外は知らないし、これからも、二人とも、誰にも話すつもりはない。
気まずい沈黙を抱えたまま、駅までの道を歩いた。横断歩道の向こうに駅舎が見えて来たときには、心底ほっとした。
まったく、勝手について来て、人の心をかき乱すのはやめてほしいものだ。そう思いながら、有希はさっさと改札を通る。
後に続いた生野が、ようやく口を開く。
「お前、どっち?」
今度は性的嗜好の話ではなく、帰る方向の話らしい。有希は、線路の向かいのホームを指す。
「あっち」
「俺はこっち」
「じゃあ」
「じゃあな」
生野の顔をちらりと見てから、隣のホームへ続く階段に向かう。生野に、じっと背中を見つめられている気がして、その視線から早く逃れたくて、有希は階段を駆け上がった。
もやもやした気持ちで電車に揺られていると、鞄の中でスマートフォンが震えた。急いで取り出すと、伸からの返信だった。
――今スーパーから帰って来たところ。昨夜はとても楽しかった。来週も待っているよ。
ちょっと物足りないくらい、シンプルなメッセージだ。だが、それでも有希は、うれしくて、思わずにやけそうになってしまい、あわてて表情を引き締める。
思った通り、買い物に行っていたのだ。伸は自炊をし、いつも部屋を清潔に整えて、きちんとした生活をしている。
伸くん、大好き。僕は来週まで待てそうにないよ。多分、明日か明後日には、また部屋に行ってしまう……。
家に帰ると、リビングのソファに座り、さっそく伸に電話をかける。母は、すでに仕事に出かけた後だ。
「ユウ?」
伸は、出るなり名前を呼んだ。それは、二人の間だけの呼び方だ。
「伸くん……」
声を聞くなり、会いたくてたまらなくなる。伸が、優しい声で話しかけてくれる。
「今、家?」
「うん。今帰って来たところ。伸くんの声が聞きたくて……」
本当は、直接会って、抱き合って、キスがしたい。出来ることなら、今すぐにでも。
黙り込んでいると、伸が言った。
「俺も、ユウの声が聞けてうれしいよ」
「伸くん……」
出会ったばかりでもないのに、自分でも馬鹿みたいだと思うが、気持ちを抑えきれなくて電話するくせに、伸の声を聞くと胸がいっぱいになって、いつも何も言えなくなってしまう。
そんな有希の気持ちを察してか、伸は、穏やかな口調で話しかける。
「今度来るときには、何が食べたい?」
調理師専門学校を卒業し、ずっとレストランで働いている伸は、とても料理が上手で、有希はいつも、伸の手料理を楽しみにしているのだ。
「ビーフシチューがいい」
カフェを営んでいる、伸の母直伝のビーフシチューは、有希が初めて食べた伸の料理で、今も大好きなメニューだ。
伸が、ふふっと笑った。
「ちょうどビーフシチューの材料を買って来たところだよ」
「今日作るの?」
「うん。これから下ごしらえをして、じっくり煮込んで、明日には食べ頃になっているかな」




