172,なかなか涙が止まらない有希とクリスマスの予定とホールケーキに初挑戦
潤子が言う。
「つい思っていることを話してしまったけれど、具体的なことは何も決まっていないし、改装するとしても、まだ先になると思うのよ。それに、伸はまだ、ダイニングバーを辞めたわけじゃないのよね?」
「うん」
麗衣が言った。
「安藤さんには、こちらの都合で休職していただいて、申し訳ないと思っています」
その言葉に、有希がまた自分を責めるのではないかと思い、すでに話してあることだが、伸はもう一度、潤子に向かって言う。
「でも、ちゃんと手当はいただいているんだよ。俺のほうこそ申し訳なくて」
「お世話になっているんですもの。当然よ」
麗衣が微笑む。
「これからもお二人には何かとお世話になると思いますけれど、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
潤子がぺこりと頭を下げた。
気にする必要はないと言っているのに、有希はしょんぼりしてしまい、なかなか涙が止まらない。それで伸は、有希を落ち着かせるために、いったん部屋に引き上げることにした。
今日の夕食は、母二人が作ってくれるのだという。着いたばかりで、疲れているところ申し訳ないと思ったのだが、麗衣に、たまには料理を休んでのんびりするようにと言われてしまった。
料理をすることは苦にならないし、むしろ今日は、二人のために腕を振るうつもりだったのだが。それに、毎日これ以上ないくらいにのんびりしている。
ベッドに腰かけ、鼻をぐずぐず言わせている有希の横に座り、肩を抱き寄せる。
「ユウ。もう泣かないで」
「だって……」
「そんなに自分を責めなくていいんだよ。ユウのせいで困っている人なんて誰もいないんだから」
「でも、ダイニングバーの鈴木さんは、伸くんがいなくて困っているかも」
伸は笑う。
「俺なんかよりいい料理人はいくらでもいるよ。何も心配いらない」
一応休職という形になってはいるが、鈴木が半年も伸を待っていてくれるとは思わないし、そこまでの腕でもない。もうとっくに別の料理人を雇っていることだろう。
おそらく、その辺りのことは、麗衣がうまく手配してくれたのではないかと思っている。
伸は、有希の髪を撫でる。
「少し横になって休む?」
「うん……」
十二月を迎える前に、伸たちは山荘を出て、有希の実家に戻った。雪はないものの、街には連日どんよりと暗い雲が垂れ込め、木枯らしが吹いている。
しばらくの間、有希は沈んでいたが、伸がクッキー作りに誘ったり、画像の加工を教わったりしているうちに、少しずつ笑顔が戻って来た。
十二月に入ったある日、夕食を食べながら、伸は有希に尋ねた。
「クリスマスはどうしようか」
その日は、麗衣も潤子も仕事が忙しいだろうから、おそらく二人で過ごすことになるだろう。有希は、シャクシャクとサラダのレタスを咀嚼しながら、首を傾げて考えている。
「ツリーはもう飾ったし、ケーキは毎年モンテカルロで買っているけど……」
伸は、ふと思いついて言った。
「ケーキか……。この機会にホールケーキに初挑戦してみようかな」
「えっ、本当?」
有希が目を丸くする。今までパンケーキやレアチーズケーキなど、ちょっとしたスイーツは作ったことがあるが、本格的なケーキはまだ焼いたことがない。
「出来るかな」
「伸くんなら出来るよ」
「ユウも手伝ってくれる?」
「もちろん」
「本番の前に、一回練習で作ってみようか。デコレーションとか、あまり自信がないから」
「やろうやろう!」
有希が、うれしそうに声を上げた。
練習の甲斐あって、クリスマスイブの前日に作ったケーキは、会心の出来になった。ホイップクリームと苺のデコレーションも美しい。
イブの当日、いつものように、有希が何枚か写真を撮った後、濡らしたキッチンペーパーでケーキナイフを湿らせながら、慎重に切り分けた。切っている途中のケーキや伸にも、有希はカメラを向けた。




