171,すっかり打ち解けた母二人と潤子の考えと涙をぽろぽろとこぼす有希
「ひどいよ」
伸がいつまでも笑っていると、有希は口を尖らせた。
「ごめんごめん。想像したら、ツボに入っちゃって……。もちろん、たとえユウの頭がツルツルになっても、ずっと愛しているし、一緒にいたい」
そう言いながら、また笑ってしまう。
「もう、伸くんったら!」
初めはむっとしていた有希も、ついに笑い出した。
「痛たたた……」
伸はお腹を押さえる。目じりに涙も滲む。本当は、笑い事ではないのにと思いながら、もう一言付け加える。
「だって俺たち、結婚するって約束したじゃないか」
潤子と麗衣は、到着するまでの間に、すっかり打ち解けたようだ。潤子が持って来た翠月堂の和菓子でお茶にしながら、二人は楽しげに会話している。
二人が親しくなってくれることは、伸としてもうれしい。麗衣が、伸たちに向かって言った。
「先日、アンジェールに伺ったのよ。とても素敵なお店ね」
「そんな、お恥ずかしいですわ。あんな古くて狭いところ……」
「あら。居心地がよくて、私は好きですよ。ビーフシチューもとてもおいしかったわ」
「いえいえ」
潤子は恐縮している。
有希も話に加わる。
「僕も潤子さんのお店、大好きだよ」
「ビーフシチューは有希のおすすめなのよね」
「有希くんも、またいらしてね」
潤子の何気ない一言で、会話が途切れた。はっとした潤子が、あわてたように続ける。
「あっ、でも、最近は住まいともども、老朽化が激しくて、そろそろ改築が必要なんじゃないかと……」
伸は尋ねる。
「そうなの?」
有希と暮らすようになって以来、実家には帰っていない。
「えぇ。裏口のところの床なんて、歩くたびにギシギシして……。それでね、これは私が勝手に考えていることなんですけれど」
三人を見回しながら、潤子が、思い切ったように言った。
「最近は年を取って、ときには一人暮らしが心細くなることもあるんです。
昔から、遠い将来、いつか伸と一緒にアンジェールをやっていくことが出来たらと思っていました。私一人で思っていただけで、伸にちゃんと話したことはないんですが」
伸は、はっとする。そのことなら、母がちらりと話したのを聞いた記憶があるし、自分も考えたことがある。変に期待させてはいけないと思い、母に話したことはないが。
「あの、本当に私の勝手な考えですけれど、この際、思い切って、住まいもお店も直して、伸も同居して、一緒にアンジェールをやってもらえたらって。それで、もしよければ、有希くんにも、好きなときにうちに来ていただくとか、なんなら一緒に暮らしてもらっても……」
今も有希が、伸と離れることが出来ずにいることを踏まえての発言なのだろう。だがそこで、潤子は突然、我に返ったように言った。
「すみません。急におかしなことを言い出して……」
麗衣が言う。
「いえ。とても素敵なお話だと思いますけど、有希までお世話になっていいんですか?」
「それはもちろん、麗衣さんと有希くんがいいと言ってくださればですし、伸の気持ちもわかりませんけれど」
そのとき、有希が口を開いた。
「ごめんなさい……」
見ると、目に涙をためている。
その涙をぽろぽろとこぼしながら、有希が言った。
「僕のために気を遣わせてしまって。僕のせいで、みんなの生活を狂わせてしまう。
僕が伸くんをがんじがらめにしているせいで……」
潤子があわてて言う。
「違うのよ、有希くん。私こそごめんなさいね。独りよがりなことを言って」
有希は泣きながら、何度も首を横に振る。
そこで初めて、伸は口を開いた。
「実は俺も、お母さんと同じことを考えたことがある。パークレストランで働いていた頃だよ。
いつかアンジェールを改装して、メニューも増やして、一緒にやるのもいいなって」
潤子が目を見開く。
「そうなの?」
「うん」
そして伸は、有希に話しかける。
「別に、俺とユウが一緒にいるためにそうするっていう話じゃないんだ。だから、ユウは気にしなくていいんだよ」




