170,しょんぼりと肩を落とす有希と潤子を招待することと伸が噴き出したこと
「シゲミさん、お店の従業員の慰安を兼ねて、この山荘で年末年始を過ごすんですって。だから、十二月の中旬頃には、ここを明け渡してほしいそうよ」
やはり、そういうことだったか。
「あ……」
有希は、フォークから手を離してうつむいた。麗衣が、心配そうに有希を見る。
「でも、それまでには、まだずいぶんあるわ」
伸も言い添える。
「そうだよ。それまで楽しく過ごそう」
有希が、弱々しく微笑みながら言った。
「僕なら大丈夫だよ。ここでの生活はすごく楽しかったけど、家に帰るだけだし。
伸くんも、また一緒に来てくれるんでしょう?」
伸は、麗衣をちらりと見てから言った。
「もちろん」
有希がそう望む限り、有希のそばから離れるつもりはない。
「それなら平気だよ。家に帰ったら、多分まだ外には出られそうにないけど……」
平気だと言いながら、しょんぼりと肩を落とす有希に向かって、麗衣が言った。
「一つ提案があるんだけれど」
それから、伸の顔を見る。
「帰る前に、一度ここに潤子さんを招待するのはどうかしら。もちろん、潤子さんのご都合もあるでしょうけれど」
有希が顔を上げた。
「それ、いいね」
「もしも来ていただけるなら、私の車でお連れするつもりよ」
伸は言った。
「それじゃ、後で電話してみます」
「まぁ。私なんかが行ってもいいの?」
事情を話すと、潤子はうれしそうに言った。伸は、隣にいる有希に微笑みかけながら答える。
「麗衣さんもユウも、そう言っているよ。店は休める?」
「そういうことなら、臨時休業にするから大丈夫よ」
「都合のいい日は?」
「それも融通出来るから、いつでも大丈夫。麗衣さんにお任せするわ」
「じゃあ、そのように伝えておくよ」
電話を切ると、有希が言った。
「潤子さん、なんて言っていた?」
「すごく喜んでいたよ。日にちはいつでも大丈夫だから、麗衣さんにお任せするって」
「よかった。……あのさ」
有希が、ちらりと伸の顔を見る。
「うん?」
「伸くんは、お仕事に戻りたいとは思わないの?」
「う~ん……」
伸は、考えながら答える。
「料理は好きだし、飲食店でしか働いたことがないから、また仕事をするならそういうところがいいかなぁとは思っている。でも、それは先のことで、今はユウのことが一番だから」
「それは、僕のために我慢しているっていうこと? まさか、こんなに長くお仕事を休むことになるとは思っていなかったでしょう?」
確かに、いつの間にか、休職してから半年以上が過ぎている。
「我慢はしていないよ。俺にとって一番大切なのはユウだし、ユウが必要としてくれる限りそばにいたい。
ユウに辛い思いをしてほしくないというのもあるけど、俺が一緒にいたいし、一緒にいると楽しいからだよ」
さらに有希は言う。
「もしも、この先もずっと僕が家から出られなくて、伸くんにそばにいてほしいって言ったら、嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ」
「十年とか二十年でも?」
そこまで考えたことはなかったが、
「嫌じゃないよ」
「本当に? 僕、おじさんになっちゃうよ」
伸は思わず笑った。
「おじさんか。ユウなら、おじさんになっても、きっとかわいいと思うけど、その頃、俺はおじいさんだな。
ユウこそ、それでもいいの?」
「もちろんいいよ」
真っ直ぐに目を見ながら即答してくれたので、ちょっとうれしい。
「俺の父は早くに亡くなっているから、どうなるかわからないけど、もしかしたら、遺伝でこの先髪が薄くなって、お腹も出て来るかもしれないよ。それでもいいの?」
わずかに視線を泳がせながら、それでも有希は言い切った。
「いいよ。そんなこと関係ない。僕も父親がどんな人か知らないから、将来髪が薄くなるかもしれないし」
「え……」
有希の髪が薄くなったところを想像して、一瞬、絶句した後、伸は噴き出した。この美しく儚げな有希が、髪の薄いおじさんに……。




