167,森で絵を描くことと二人でバスタブに浸かることとずっとこのまま…
すると、有希が手を叩いて言った。
「伸くん、かわいい!」
「嘘だろ?」
「嘘じゃないよ。さすがママ。僕たちのこと、よくわかっているなぁ」
有希は、とてもうれしそうに言う。
「お揃いなんて久しぶりだね」
伸のマンションでは、いつもお揃いのセットアップやパジャマを着ていたものだった。
その日から、二人でモヘアの三点セットを身に着けて森に出かけるのがお決まりになった。最初は照れくさかった伸も、すぐに慣れた。
誰かに見られる訳ではないし、ここの寒さには防寒具が欠かせないのだ。
あちこち歩き回り、有希は絵を描く場所を決めた。そこは山の斜面で、木々の間から、眼下に広がる山裾の景色が望める。
山荘から少し距離があるので、イーゼルとカメラのほかに、ポットに詰めた温かい飲み物や、簡単な弁当を持って出かけることにした。ちょっとしたピクニックのようだ。
絵を描き始めると、有希は集中するので、伸は、その近くで歩き回って植物を観察したり、目についたものを写真に撮ったりする。
真剣な眼差しで、イーゼルに立てかけたスケッチブックに向かう有希の横顔が美しく、伸は、傷のない側からスマートフォンでこっそり写したりした。
「寒かったぁ!」
山荘に帰り着くと、有希が、スケッチブックを玄関ホールの棚の上に置いて抱きついて来た。伸は、あわててイーゼルだけ床に置き、ランチボックスを持ったまま、有希の体に腕を回して言う。
「こういうときは、お風呂に入ってあったまるのがいいんじゃない?」
有希が伸を見上げた。白いモヘアに包まれた顔は、寒さで鼻の頭が赤らみ、シンノスケというよりウサギのようだ。
「そうだね。一緒に入ろう」
「じゃあ、お湯を入れて来るよ」
「はぁ……。気持ちいい」
有希が、伸の隣でつぶやいた。二人は、湯を張ったバスタブの中に並んで浸かっている。
考えてみれば、一緒にシャワーを浴びたことは数えきれないくらいあるが、こうしてゆっくり湯に浸かったことはなかった。
全身をピンク色に染めた有希は、とてもなまめかしい。長い髪の先から雫をしたたらせている彼に見とれているうちに、だんだん妖しい気持ちになって来た。
有希が、ふとこちらを見て言った。
「前に、二人で温泉に行ったことがあるって言ったでしょう?」
「うん」
「あのことは言ったかな」
「何?」
「そのとき、旅館の部屋に付いている露天風呂で……」
それならば、覚えている。確か……。そう思っていると、有希が伸の肩に手を置き、耳元に顔を近づけながらささやいた。
「僕たち、お湯の中でしたんだよ」
そのまま二人は唇を重ね、その後、いくつかのやりかたで、たっぷり汗をかいた。
バスルームから出た後、伸は、有希の髪にドライヤーをかける。一緒に暮らすようになって以来、そうすることが習慣になっている。
甘く香るしなやかな髪に触れることは、伸の楽しみの一つでもあるのだ。
「湯冷めするといけないから、あったかくして過ごさないとな」
伸が、ドライヤーのスイッチを切ってそう言うと、有希が振り返って微笑んだ。
「じゃあ、ベッドで少し休もう。ちょっと疲れちゃったし」
伸も微笑む。
「そうだね」
ベッドに入ると、有希がこちらに手を伸ばして言った。
「手、繋ごう」
「うん」
伸がその手を握ると、有希がうれしそうに笑って言った。
「あぁ、幸せ。永遠にこの暮らしが続けばいいのに。こうやって、ずっと伸くんと一緒に、二人きりで……」
きっと有希は、そういうわけにはいかないことがわかっていて言っているのだろう。だが、伸も同じ気持ちだ。だから、伸も答える。
「そうだね。ずっとこのまま……」
その後、夕食の時間まで、ベッドの中で他愛ないことを話したり、いちゃいちゃしたり、うとうとしたりして過ごした。




