163,すっかり痩せたと言われることと小此木山の山荘とシャワーに誘われること
麗衣は、伸を見て言う。
「あなたには、とてもよくしていただいているけど、最近、疲れているように見えるし……」
有希がぽつりと言った。
「僕のせいだね」
「そんなことは……」
伸がつぶやくと、麗衣が、有希に向かって言った。
「たまには環境が変わるのも、気分転換になっていいと思うのよ。そこでまた、写真を撮ったり絵を描いたりするのも楽しいんじゃないかしら。
有希が嫌じゃないなら、ママはそうして欲しいと思っているけど、もちろん、二人で決めてくれていいのよ」
「伸くん」
有希がこちらを見る。
「俺は、ユウの好きなようにしてほしい」
「じゃあ」
有希は、麗衣のほうを見て言った。
「行く」
「そう」
麗衣はにっこり笑って言った。
「それじゃ、早速シゲミさんに話しておくわね」
部屋に戻ると、有希が言った。
「伸くん、ごめんね。僕のせいで、すっかり痩せちゃったね」
「え? そう?」
自分では、それほどだと思っていない。確かに最近、あまり食欲はないが。
「ここ」
そう言いながら、有希が伸の頬に触れた。
「伸くん、何かあると、すぐに頬がこけちゃうの」
「そう?」
「そうだよ」
有希は、伸の頬に触れたまま言う。
「僕が馬鹿なことをしたせいで、伸くんに辛い思いをさせているんだと思って、本当に……」
悲しげに目を伏せた有希を見て、伸は言った。
「辛くはないよ。ただ、俺はユウを失いたくないんだ。絶対に。
それに、俺なんかより、ユウのほうがずっと痩せているじゃないか。とても心配だよ」
有希が、両腕を伸の体に回す。
「二人とも、もう少し太らなくちゃね」
伸も、有希を抱きしめる。
「うん。麗衣さんに安心してもらわないとな」
「山荘って、どんな感じかな。楽しいかな」
「あぁ。楽しもう」
伸は思う。有希のそばにいるために、麗衣に乞われてこの家に来たというのに、その自分が二人に心配をかけてしまうなど、本末転倒だ。
もっとしっかりしなくては。いや、しばらくはのんびりすればいいのか……。
「わぁ。かわいい!」
その建物を見て、有希が歓声を上げた。麗衣が運転する車に乗って、小此木山の中腹に建つ山荘にやって来たのだ。
山荘という呼び名から、伸は勝手にログハウスをイメージしていたのだが、それは切妻屋根が印象的な洋館で、どこかメルヘンチックな雰囲気を漂わせている。
麗衣が言う。
「素敵でしょう? もとはイギリス人が建てたものなんですって。シゲミさんが麓の管理事務所に手配してくれて、すぐに使えるように整えてくれているらしいわ」
階段を数段上がったところにポーチがあり、麗衣が鍵を開ける。伸は、車の中から荷物を運び出す。
家を出たときには緊張気味だった有希も、街から離れるにつれてリラックスして来たようで、着替えの入ったバッグを持ち、軽い足取りで麗衣の後に続く。
途中で大量に買い込んで来た食材はキッチンに、着替えや私物は寝室に、それぞれ手分けして運び込んだ。スーパーに寄ったときには、パーカーのフードを深く被り、伸につかまってずっとうつむいていた有希も、今はシャツ一枚になって腕まくりをしている。
ここは街よりも気温が低いと聞いているが、今日に限って、例年になく気温が高いようだ。
リビングでお茶を飲んだ後、夕食の時間まで一休みすることにして、それぞれの部屋に引き上げた。麗衣は、一泊して、明日の朝、街に帰ることになっている。
「久しぶりに汗をかいちゃった」
有希は、シャツの胸元を、指でつまんでハタハタと動かしながら言う。
「シャワー浴びようかな」
部屋には専用のバストイレがあるのだ。
有希が、上目遣いにこちらを見ながら言った。
「ねぇ。伸くんも一緒に浴びる?」
「いや。俺は後でいいよ」
あと二時間もしないうちに夕食の時間だ。気にし過ぎかもしれないが、二人でシャワーを浴びた後に麗衣と食事をするのは、どうも気が引ける。
とは言え、有希が一人では浴びられないと言うのならば仕方がないか。そう思ったのだが。




