158,細密に描かれた伸の顔と複雑ながら喜ばしいことと「宝物」
日頃の有希の好みや加工した写真を見て、有希が描く絵は、きっとカラフルなのだろうと勝手に思っていたのだが、それは、鉛筆で細密に描かれた伸の顔だった。少しうつむいた顔は、料理をしているときのものだろうか。
「どう?」
有希が、うかがうようにこちらを見る。
「いや……。すごいね。写真みたいだ」
有希がくすりと笑う。
「まぁ、写真を見て描いたからね」
有希がときどきデジカメの画面で見ていたのは、伸の写真だったのだ。
「これを描きながら、ずっと伸くんのことを考えていたよ。すぐそばにいるのにおかしいけど、伸くんの好きなところとか、仕草とか、伸くんが言ってくれたこととか……」
言いながら、再びベッドに上がって伸の横に収まる。
「そうしたら、今までより、もっともっと伸くんのことが好きになって、なんだか体が熱くなって……」
有希は、伸のスケッチブックを持つ手に腕を絡め、肩に頭をあずける。
「昨日、久しぶりに描くのを休んで、床に座って本を読んでいる伸くんを見ていたら、なんてセクシーで素敵なんだろうと思って、キスがしたくなったんだ」
「なんだか恥ずかしいな」
セクシーだなどと言われると照れてしまう。
「ずっと駄目なのかもしれないって思っていたから、体が反応したときは、びっくりしたし、すごくうれしかったよ」
伸は、スケッチブックをベッドサイドに置いた。有希はさらに言う。
「もう、痛いくらいに疼いて……」
「無理矢理中断させて悪かったね」
「仕方ないけど、すごく辛かったよ。本当は食事どころじゃなかった」
「ごめんよ。俺も辛かったんだ」
だが、その後には、たまらなく素敵な時間が待っていた。あまりに夢中になって、麗衣が出かけて行ったのにも気づかなかったくらいだ。
有希が潤んだ目で見ている。伸も切ない気持ちになったが、それを振り切るように、あえて明るく言った。
「さて。そろそろ着替えて朝食の支度をしなくちゃ」
マンションにいたときのように、いつでも衝動のままに愛し合うわけにはいかない。
これから毎日、こんな気分を味わうのかと思うと複雑ではあるが、この数ヶ月のことを考えれば、それは喜ばしいことでもある。
数日後、有希が描いていた伸の顔の細密画が完成した。額にかかる髪の毛、まつ毛の一本一本、微妙な肌の質感までがリアルに再現されている。
それを見た伸は、完成度の高さに新たな感動を覚えたのだが、気持ちとは裏腹に、口からは、ありきたりな言葉しか出て来ない。
「すごいね……」
「えへっ。そう?」
「こんなことを言ったら失礼だけど、正直、ユウがここまですごい絵を描くとは思っていなかったよ」
有希が言った。
「気に入った?」
「あぁ。とっても」
「じゃあこの絵、伸くんにプレゼントするよ」
「……え?」
有希はにこにこしている。
「いや、そんな。もらえないよ」
「どうして?」
「こんな素晴らしい絵、俺なんかにもったいない」
有希が笑う。
「だって、伸くんの絵なのに。それに、これは僕の感謝の気持ちだよ。
大好きな伸くんの絵だから、夢中になって描くことが出来て、すごく楽しかったし、この絵を描いたおかげで、また伸くんと愛し合うことが出来るようになったんだもん」
胸が熱くなる。
「あ……じゃあ、ありがたくもらうよ。俺の宝物にする」
「宝物」とは、有希がよく口にする言葉だが、伸の口からも自然に出た。
「だけど、これはユウが大切に持っていて。汚したりしたら大変だから」
スケッチブックを差し出すと、有希は微笑みながら受け取った。
「わかった」
その後、有希はいくつかの細密画を描いた。麗衣が買って来た季節の花や、シンノスケや、伸の絵も、さらに何枚か描いた。
季節は秋へと移り変わり、有希は、水彩画を描き始めた。リアルな鉛筆の細密画にも感服したが、水彩画は透明感があって、また別の魅力がある。




