155,有希が辛いと思うことと一生変わることのない気持ちと一緒にクッキーを作ること
何日か経ってから返信が来た。
――俺のほうこそ、せっかく席を設けてもらったのに、たくさん失礼なことを言ってすいませんでした。
ただでさえ傷ついている西原に、最初にひどいことを言い出したのは俺です。西原に謝っておいてください。
安藤さんに言ったことは、多分、嫉妬のせいです。西原に言ったことも、安藤さんに言ったことも、全部取り消します。
馬鹿な奴だと笑って忘れてください。わざわざメッセージを送っていただき、ありがとうございました。
「何やってるの?」
有希がパソコンに向かって座っているので、写真の加工をしているのかと思ってのぞき込んだが、パソコンの電源は入っていない。有希の顔を見ると、目が赤い。
「どうしたの?」
伸の問いかけに、うつむいたまま、有希は質問で返した。
「僕、どうしたらいいの?」
「……え?」
「このままじゃいけないってわかっているけど……」
生野に言われたことを考えていたのだろう。伸は、有希の肩に手を置く。
「ユウが今、一番辛いと思うことは何?」
「それは……」
有希は考えながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「辛いことはたくさんあるよ。あのときのことが、忘れたいのに忘れられなくて、何度もよみがえったり、夢に見るのが辛い。
傷のことも辛い。これがあるせいで何度も思い出すし、人が見たら、どう思うのかって……。
それに、伸くんとママに心配をかけていることも辛い。こんなことをいつまでも続けていたら、優しい二人もうんざりして、いつか見放されてしまうんじゃないかって……」
有希は涙をぬぐった。伸は、肩からそっと抱きしめる。
「嫌な記憶も、傷のことも、俺にはどうすることも出来ない。ただ、ユウの気持ちに寄り添うことしか。
だけど、俺も麗衣さんも、決してユウを見放したりしない。心配するのはユウを愛しているからで、ああいうことがなかったとしても、多分二人とも、いつもユウのことを心配しているよ」
有希は嗚咽する。
「あぁ……」
「それに、ユウのそばにいるのは俺の意志だよ。俺がそうしたいからここにいるし、俺がユウと離れたくないんだ」
「伸くん……」
伸の気持ちは、今までにも何度も有希に話しているが、それでもなお不安になる気持ちもよくわかる。少しでも有希の不安を和らげることが出来るなら、何度でも自分の気持ちを伝えようと思う。
伸の有希を思う気持ちは、きっと一生変わることがない。
「焦らなくていいよ。今はまだ、先のことを考える段階じゃないんだ。
心と体をゆっくり休めながら、ユウが楽しいとか好きだとか思えることをすればいいんじゃないかな。たとえば、いつもやっている写真とか写真の加工とか、それ以外のことを始めてもいいし」
有希は鼻をすする。
「……ありがとう。伸くんのおかげで、少し楽になった」
「よかった」
有希の髪を撫でながら、ふと思いつく。
「そうだ。さっそくだけど、これから一緒にクッキーでも作らない?」
後で作ろうと思ってバターを室温に戻してあるし、クッキーならば、包丁を使わずに作ることが出来る。
伸は、有希の顔をのぞき込みながら言った。
「どう?」
「うん」
答えてから、恥ずかしそうに笑った顔がとてもかわいい。
「伸くん見て」
すっかり元気になった有希が手元を指す。
「どれどれ」
伸は、いつも通り薄く伸ばして抜き型で抜くつもりでいたのだが、有希は、さっきから生地を粘土細工のようにこねている。
「シンノスケだよ」
確かに、生地が猫の顔の形になっている。
「へぇ。上手だね」
「チョコチップはないの? 目にしたいなぁ」
「あぁ。残念ながらないよ。今度作るときに買おう。チョコペンかアイシングで顔を描いてもいいし、探せば猫の形の抜き型も売っていると思うけど」
「そうなんだ……」
あれこれ話しているところに麗衣がやって来た。




