154,出ない結論と誰も望んでいないことと謝罪のメッセージ
伸は、上目遣いに麗衣を見る。
「何?」
麗衣は、伸を元気づけるように、眉を上げて微笑んだ。
「こんなことをわざわざ麗衣さんに言うのは、とても気が引けますが、事件以来、俺たちは、その……そういうことはしていません」
つまり、有希が生野に向かって言い放った、セックス云々というくだりだ。
「事件のショックで、ユウはそういう気分にはなれないようで……」
「……そう」
麗衣も、さすがに気まずそうにうなずいた。
「今もそれは続いていて、それはつまり、ユウの心の傷がまったく癒えていないということにほかならないのに、どうして自分は無神経なことをしてしまったのか……」
今までは、麗衣に対して、あまり深い話をして来なかった。気まずさがあるのはもちろんのこと、麗衣も、そんな話は聞きたくないだろうと思っていたのだ。
だが、もうそんなことを言っていられなくなった。
「生野くんに言われたように、俺はユウのことを甘やかしていたでしょうか。ユウが望むならば、一生このままの生活が続いてもかまわないと思っていましたが、それはかえってユウを苦しめることになっていたんでしょうか……」
「それは私も同じよ。外に出るのが怖いならば、ずっと家にいればいいと思っていたわ。
親ならば、一日も早く立ち直って、外に出て行けるようにサポートするべきなのかもしれない。でも私は、試練に立ち向かわせるよりも、あなたのことも経済的なことも含めて、有希が一生外に出なくても生きていける環境を作ればいいって思っていたの。
それがエゴだっていうことはわかっていたけど、有希には、もう二度と辛い思いをさせたくなかったんだもの……」
麗衣は、悲しげにうつむいた。
夜は明け始め、結局、なんの結論も出ないまま、二人はそれぞれの部屋に引き上げることにした。そう簡単に結論が出るはずもない。
部屋に戻ると、有希はベッドの上で起き上がって、シンノスケを抱いて泣いていた。
「伸くん、どこに行っていたの?」
有希は、暗いうちは一人で部屋から出ることも出来ないのだ。
「ごめん……」
そばに行ってベッドに腰かけると、有希がしがみついて来たので、いつものように抱きしめる。
「ユウ。ごめんよ。昨日のことは、全部俺が悪いんだ。本当にごめん」
胸が苦しい。有希がすすり泣く。
「違うよ……」
「どうして俺は、ユウの気持ちを一番に考えなかったのかな。ユウは初めに会いたくないって言っていたのに」
「でも、僕が会うって言ったんだもん。だけど、会ってみたら、生野の視線に耐えられなくて……」
それなら、やっぱり自分が悪いのだと伸は思う。有希が傷を見られても平気でいられるのは、麗衣と伸と、かろうじて潤子の前だけだったのだ。
「生野のことは許せない。僕もひどいことを言ったけど、伸くんにまで、あんな……」
「ユウ」
伸は、有希の髪に頬を擦りつける。
「それも俺が悪いんだ。俺が彼を傷つけたんだ」
「違うよ……」
有希は泣きじゃくる。
「伸くんお願い。僕を守って。僕を一人にしないで。僕は伸くんがいないと生きて行けない!」
やはり生野が言ったことを気にしているのだ。
「わかっているよ。ずっとそばにいる。そう約束しただろう?」
確かに自分は、有希を甘やかしているかもしれない。だが、こんなに傷つき怯えている有希に、無理矢理前を向かせる必要などあるのだろうか。
誰もそれを望んでいない。少なくとも、今の時点では。
それからしばらくの間は、皆、重苦しい空気の中で過ごした。伸は、生野に謝罪のメッセージを送った。
――先日はすみませんでした。すべて自分の責任です。君にも有希にも嫌な思いをさせてしまいました。
有希が言ったことは本意ではないと思います。どうか許してやってください。
もっと言うべきことがあるような気がして、少しの間考えたが、今さら何を言っても無駄な気もして、結局そのまま送信した。




