153,言葉を失う伸と足早にドアへと向かう生野と崩れ落ちる有希
生野の声は怒りに震えている。有希も激しい口調で言い返す。
「ほかに何があるっていうんだよ。僕のことを心配しているって? それなら、僕に何かしてくれるの?
この醜い傷を消してくれる? 何度も何度もフラッシュバックするあの日の記憶を消してくれる? 繰り返し見る悪夢を消してくれる!?」
「もうやめろ!」
伸は、有希の肩を抱きしめた。有希の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「……そうだよな。お前にとって、俺はいらない人間だ。何かメリットでもなけりゃ、会う価値もない」
「生野くん。そういう意味じゃないよ」
伸の言葉に、生野がふっと笑う。
「そうですよね。西原には、安藤さんが片時も離れず寄り添っていて、何かあれば、そうやって抱きしめて慰めてやっている。
俺なんかの出る幕はないってわかっていたのに……」
有希が眉根を寄せ、苦しげにあえいだ。
「ちょっと横になろうか」
伸は、枕代わりのクッションを置いて、有希をソファに寝かせた。あおむけになった有希は、腕で目元を隠す。
その様子を、じっと見ていた生野が言った。
「そうやって、いつまでも安藤さんに守られて、甘やかされていればいい」
伸は、思わず生野を見た。立ち上がった生野は、憐れむような、あるいは蔑むような目で伸を見返す。
「安藤さんに、まるで壊れ物のように大切に扱われて、西原は気分がいいことでしょう。あなたの腕の中は、さぞ居心地がいいに違いない。
あなただって、心配していると言いながら、その実それを楽しんでいるんじゃないんですか? だけど、そうやって甘やかすことが、かえって西原が立ち直るきっかけを阻んでいるとは思わないんですか?」
伸が言葉を失っていると、有希がむっくりと起き上がった。床に足を下ろしながら言う。
「そうだよ。伸くんに愛されて、大切にされていい気分だよ。僕たちは、片時も離れず、同じベッドで寝て、一緒にシャワーを浴びて、毎日キスして、毎日セックスしているんだよ!」
最後は悲鳴のように叫んだ有希は、ゼイゼイと肩で息をしている。
「ユウ! 何を馬鹿なことを」
生野が言った。
「帰ります。何度も無理を聞いていただいてすいませんでした」
生野は足早にドアへと向かう。
「待って!」
伸が叫んだのとほぼ同時に、有希がソファとテーブルの間に崩れ落ちた。
「ユウ!」
バタンとドアが閉まり、生野の足音が玄関へ向かう。引き止めたかったが、倒れた有希をそのままにしては行けなかった。
「びっくりした。……どうしたの?」
明け方近くに帰って来た麗衣が、ソファに腰かけている伸を見て言った。
「すいません……」
あの後、意識を失っている有希を再びソファに寝かせてから玄関へ急いだが、生野はとっくに立ち去った後で、スマートフォンにメッセージを送っても反応がなかった。
しばらくして目を覚ました有希は、生野を罵りながらひどく泣いた。気分が悪いと言うので、部屋に連れて行き、そのまま夕食も食べずに、今はベッドで眠っている。
「そんなことが……」
伸が昨日の出来事を話すと、麗衣は、呆然としたようにつぶやいた。
「お疲れのところ、すいません。俺のせいで、こんなことになってしまって」
よかれと思ってやったことが、すべて裏目に出てしまった。有希が口走った言葉も、生野に言われたこともショックだった。
今となっては、二人を会わせるべきではなかったのだと強く思う。自分の犯した間違いのせいで、生野のことも有希のことも傷つけてしまった。
なんと馬鹿なことをしてしまったのだろう。出来ることなら、時間を巻き戻したいくらいだ。
うなだれている伸に、麗衣は言った。
「起きてしまったことは仕方がないわ。私だって、会わせるなとは言わなかったし」
「本当にすいません……」
「謝らないで。あなたにまかせっきりにしていた私もいけなかったんだもの」
「ユウの苦しみをわかっているつもりだったけど、本当は全然わかっていなかった。あの……」




