150,申し訳ない気持ちと花火と仲のいい姉弟のような麗衣と有希
いつも冷静な麗衣の思いがけない嘆きに、伸は戸惑う。伸と付き合うようになってから、有希はいつも伸と一緒で、母子で過ごす時間が減ったであろうことは間違いないし、それは、伸がこの家で暮らすようになった今も変わらない。
麗衣の寂しさを思い、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自分はいったいどうすればいいのだろう……。
気まずい沈黙が流れる。やがて有希が、カップに目を落としたまま、あまり気乗りしなそうに言った。
「わかった。花火、僕もするよ」
「そう……」
有希を見つめた後、麗衣は、気を取り直したようににっこり笑って言った。
「それじゃ、花火を買って来るわね」
夕食が終わると、麗衣は、いち早く花火の準備を始めた。有希は食卓の椅子の上に足を持ち上げ、膝を抱えて、後片付けをする伸を見ている。
麗衣を手伝えばいいのにと思うが、口には出さない。遠慮しているわけではない。
あの後、二人になってから尋ねると、有希は、庭に出ることも「少し怖い」と言ったのだった。伸の余計な一言がきっかけで、有希が花火をする気をなくしてしまったら、麗衣にも申し訳ない。
「さぁ、行こうか」
後片付けを終え、そばに行ってうながすと、有希は足を床に下ろして立ち上がった。ハーフパンツから伸びた足は細く頼りなげで、彼を幼く見せている。
庭は常夜灯のほのかな灯りに照らされている。ガーデンテーブルのそばにはバケツが置かれ、コットンのワンピースを着た麗衣がたたずんでいる。
伸がサッシを開けると、麗衣が少女のように手を振った。
「ユウ」
先に庭に下りて振り返ると、有希はまだ、部屋の中に立ち尽くしている。
「おいで」
手を差し伸べると、その手を握り、ようやく素足をサンダルに滑り込ませた。有希が手を離そうとしないので、そのまま麗衣のそばまで行くと、蚊取り線香の香りが漂う。
麗衣が有希に微笑みかけた。
「大丈夫よ。ここは安全だし、ママも安藤さんもいるから」
事件の後、麗衣は、すぐにこの家に警備保障システムを導入した。万が一に備えてということはもちろん、怯える有希を安心させる意味もあったのだろう。
有希に危険が迫れば、麗衣はどんなことをしても彼を守ろうとするだろうし、それは伸だって同じだ。そういう気持ちは、伸も、おそらく麗衣も今に始まったことではないが、それでも有希は襲われ、傷つけられてしまったのだ。
今後、二度と有希を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
「始めましょう」
麗衣が、テーブルの上に置いたトレーから花火を二本取り、持ち手をこちらに差し出した。伸が背中を押すと、有希がおずおずと前に出て一本受け取る。
続いて伸も受け取ると、麗衣が手で、蚊取り線香の横に置かれた、火の点いたロウソクを示した。
初めは硬い表情で押し黙っていた有希も、美しく流れ出す花火を見ているうちに緊張がほぐれたのか、やがて自ら花火を手に取って火を点け、楽しみ始めた。
声を上げ、笑い合っている麗衣と有希は、仲のいい姉弟のようだ。それを見て、伸も幸せな気持ちになる。
皆でしゃがみ込んで最後の線香花火に火を点ける頃には、以前のような無邪気な有希になっていた。
八月も半ばになった頃、生野からメッセージが来た。
――先日は失礼しました。何度もすみません。その後いかがですか?
あの後、有希に会いたがっている彼に、有希はまだ心の準備が出来ていないようだと返信したのだった。
――こちらこそ。有希は相変わらず、部屋で静かに過ごしています。
庭で花火をしたときは、とても楽しそうにしていたが、それで心の傷が癒えたわけではない。次に来た生野のメッセージは、伸が予想した通りのものだった。
――バイトがあるので、そろそろ名古屋に戻ります。その前にそちらに伺うのは、やはり無理でしょうか。
伸は文字を打ち込む。
――有希とよく話をしてからお返事します。




