149,事件以来初めてのキスと再びのメッセージと麗衣の提案
生野が言ったように、長く伸びた髪は女の子のようだが、中性的な容姿の有希には似合っている。その柔らかい手触りを味わうようにそっと髪を撫でると、有希が顔を上げた。
「伸くん」
じっと見つめていると、有希がゆっくりと伸び上がり、そっと伸にキスをした。次の瞬間、すぐに唇は離れ、有希は恥ずかしそうにうつむく。事件以来、初めてのキスだ。
少しの間、固まった後、我に返った伸は、胸がいっぱいになって有希を抱きしめた。有希も、伸の背中に回した腕に力を込める。
伸は思う。これは、回復への第一歩なのだろうか……。
数日後、再び生野からメッセージが来た。あれきり返信しなかったことを申し訳なく思いながらメッセージを開く。
――暑くなりましたね。お二人ともお元気ですか?
伸は元気だが、有希は一進一退といったところで、今もときどき悪夢にうなされている。短いキスをしたことは、わずかながらも前進だとは思うが、もちろん、そんなことは彼に言えない。
――俺は元気ですが、有希はぼちぼちです。
送信してから、ぼちぼちってなんだ? と自分にツッコミを入れていると、すぐに返信が来た。
――安藤さんに相談があるんですが。
俺に相談って? 首をひねりながら返信する。
――なんですか?
――両親は今、以前の自宅近くのマンションにいて、夏休みはそこに帰省します。そのとき、またそちらに伺ってもいいでしょうか。
つまり、有希に会いたいということなのだろう。伸は、少し考えてから返信した。
――有希は今眠っているので、起きたら聞いてみます。
「来なくていいよ」
目を覚ました有希に話をすると、彼はにべもなく言った。ベッドで起き上がった有希は、かたわらのシンノスケを抱き上げて、しっぽをもてあそんでいる。
「でも、生野くんはユウに会いたいんじゃないのかな」
「どうして?」
「どうしてって……。それはユウのことを心配しているからだろう」
有希は、つまらなそうに斜め下を見ながら言う。
「別に心配してくれなくてもいいよ」
きっと生野は、有希のことが気になって仕方なくて、もっと頻繁にメッセージを送りたいところを、ぐっとこらえて回数を抑えているに違いない。そして、本当ならば伸ではなく、有希と直接やり取りしたいはずだ。
「ユウ……」
だが、有希は取り付く島もない。
「気持ちはありがたいけど、生野が心配してくれたからって、何かが変わるわけじゃないよ」
「それはそうかもしれないけど……」
知らない仲ではないのだし、生野の気持ちが痛いほどわかる伸は、出来ることなら彼の願いを叶えてやりたいと思う。だが、有希が言った。
「どうして会わなくちゃいけないの? 僕が嫌だって言っているのに、どうして伸くんは生野の肩を持つの?」
その目に涙が滲んだのを見て、伸はあわてて言った。
「わかったよ。生野くんには来なくていいって言っておく」
ある日の朝食の席で、麗衣が言った。
「今度、私が休みの日に、庭で花火をしない?」
この家には、広い芝生の庭がある。芝生の手入れは、普段は業者に依頼しているそうなのだが、この夏は、運動も兼ねて、伸が定期的に刈っている。
電動芝刈り機を使いながら、伸が庭を行き来している間、有希は家の中からそれを見ている。一緒にやろうと誘っても、庭にすら出たがらないのだ。
今も浮かない顔でティーカップの中を見つめている有希に、麗衣が話しかける。
「夜は庭も涼しいし、有希が子供の頃は、一夏の間に何度もやったわよね」
伸も言い添える。
「いいですね。フォレストランドでも、夏は週末に花火イベントをやっていたんですよ」
「そうなの。一度行ってみたかったわね」
「来場者数が減ってからも、花火イベントは盛況でした」
ちらちらと様子をうかがいながら話していると、ようやく有希が口を開いた。
「僕は家の中から見ているよ」
「そんな……」
麗衣がため息をつく。
「たまにはママに付き合ってちょうだい。昔はよく一緒に買い物や旅行に行ったのに……」




