148,「やっぱりいい」と言ったことと生野からのメッセージとにやにやする有希
部屋に入って行くと、有希は、ベッドに横たわってシンノスケを抱きしめたまま、こちらを見ている。
「気分はどう?」
尋ねながら、伸はベッドの横に腰を下ろす。紅茶を飲んで温まったせいか、先ほどより顔色がよくなったようだ。
「まだ、ちょっと痛い」
「そう」
有希が、シンノスケの頭を撫でながら言う。
「ねぇ。ママは子供の頃、猫を飼っていたんだって」
「へぇ」
「雑木林の中に捨てられていたのを、学校の帰りに見つけて、連れて帰ったんだって」
「そう。昔から優しいんだね」
「うん。それでね」
有希がこちらに手を伸ばしたので、伸はその手を軽く握る。
「うん?」
「ママが『有希も猫を飼いたい?』って言ったんだけど……」
「なんて答えたの?」
有希は、シンノスケを見つめながら言う。
「猫は好きだから、飼ってみたいと思ったけど、でも、やっぱりいいって言った」
「どうして?」
「だって、もしもその子に何かあったら悲しいから……」
「そう」
有希は、伸に目を向ける。
「それに、僕には伸くんとシンノスケがいるから」
「そうか」
伸が微笑むと、有希も笑った。伸は、そっと有希の髪を撫でる。
有希がいじらしく、愛おしい。
梅雨が明け、夏になったが、二人は相変わらず部屋にこもっている。連絡先を交換して以来、ときどき生野から遠慮がちなメッセージが来るようになった。
――お久しぶりです。お元気ですか? 西原はどうしていますか?
きっと本当は、有希のことが気になって仕方がないのだろう。隠し事をしたくない伸は、有希に告げる。
「生野くんからメッセージが来たよ」
有希は、パソコンの画面に向かったまま答える。
「なんだって?」
「ユウはどうしているかって」
「ふぅん」
有希は今、画像の編集に没頭しているのだ。
「なんて返信すればいい?」
「うーん……。パソコンやってるって」
気のない返答に、生野のことが気の毒になる。
「生野くんは、ユウのことを心配しているんじゃない?」
「じゃあ、元気でパソコンしているって」
「後ろ姿の写真を撮って送ってもいい?」
有希は、ちらりとこちらを見て言った。
「後ろ姿なら」
――今はパソコンで画像の編集をしています。
有希の肩から上と、ノートパソコンの縁の辺りが写るように撮って送ると、すぐに返信が来た。
――元気そうでよかった。髪が伸びて女の子みたいですね。
生野が訪ねて来て以降も、有希は外に出ておらず、一度も髪を切っていないのだ。
「伸くん伸くん」
なんと返信しようかとスマートフォンの画面を見つめていると、有希がこちらを向いて手招きした。
「うん?」
床にあぐらをかいて座っていた伸は、スマートフォンを置いて立ち上がり、有希のそばへ行く。
「これ見て」
パソコンの画面をのぞいて、伸は苦笑した。
「またこんなことを……」
いくつもの伸とシンノスケの写真がコラージュされ、周りには苺やリボンが飛び交っている。
「ね。かわいいでしょ?」
「まぁ、シンノスケはかわいいけど」
「あっ」
有希がにやにやしながら伸の顔を見上げる。
「……何?」
「今の発言、『そんなことない。伸くんもかわいいよ』って言わせようとしたでしょ」
「なっ……! そんなこと考えていないよ。ユウがなんでもかんでもかわいくしようとするから」
画面の中の伸の頬には、ピンクのハートマークまでついている。
「だって、かわいいのが好きなんだもん。……もう、しょうがないな」
そういう有希も、この上なくかわいい顔をして、なおもにやにやしている。
「何がしょうがないの?」
「あのね、しょうがないから言ってあげる。伸くんも、すっごくかわいいよ!」
そう言いながら、椅子から立ち上がって伸に抱きついて来た。
「危ないよ!」
伸はバランスを崩しそうになりながら、なんとか有希を抱き止める。甘いシャンプーの香りが漂い、しなやかな毛先が、ふわりと手の甲に触れた。




