147,シンノスケと頭を下げる麗衣と母子二人だけの時間
「かわいい!」
届いたぬいぐるみを渡すと、有希は歓声を上げて抱きしめた。そして、うっとりとしたように頬ずりする。
「ふわふわだよ……」
とりあえず、気に入ってくれたようでよかった。
「これからは、具合が悪いときは無理して起きないで、この子と一緒に待っていて」
なんだか子供だましのような気もするが、ほかに何も思いつかなかったのだから仕方ない。
すると、有希が言った。
「この子が伸くんの代わりってこと?」
「まぁ、そうだね」
「ねぇ。どうしてこの子にしたの? もしかして、伸くんに似ているから?」
「まさか。ユウに似ていると思ったからだよ」
だが有希は、ぬいぐるみの顔を見つめながら言う。
「そうかな。伸くんに似ているよ。だって伸くんの代わりなんだし」
伸は、鼻の頭を掻きながら言った。
「まぁ、それならそれでいいけど」
本当は、自分とぬいぐるみは似ても似つかないと思うが。有希はうれしそうに言う。
「この子に名前を付けなくちゃ。伸くんの代わりだからシンシン。……これじゃパンダみたいだな。
うぅん、と……シンノスケっていうのはどう?」
「あぁ。いいんじゃない?」
「シンノスケ!」
有希は、再びぬいぐるみを抱きしめた。
伸と向かい合って朝食を取りながら、麗衣が言う。
「あなたには面倒をかけているわね。最初にお願いしたときは、まさかこんなに長引くとは思っていなかったわ」
それは、伸も同じだ。有希のそばにいるためにこの家で暮らすことになったが、あくまで一時的なもので、いずれ有希は回復し、伸も仕事に復帰出来ると思っていた。
「あなたも、ときには一人になりたいときもあるでしょう?」
「いえ」
伸は、首を横に振る。
「そんなことはありません。ただ、ユウのことが心配で……」
「いつまでもこのままでいいのかしらね」
心療内科を受診してはどうかとか、カウンセリングを受けてはどうかという話も出たのだが、そのたびに有希は泣いて嫌がるのだ。伸は言った。
「心の傷が癒えるまでには、長い時間がかかるのでしょうね。俺は、出来るだけユウに辛い思いをさせたくないんです。
ユウが望む限り、いつまででもそばにいたいと思っているし、そのことを負担に思ったことはありません。もちろん、麗衣さんが許してくださればですが」
麗衣が微笑む。
「許すだなんて。いつもあなたには感謝しているわ。私と一つ屋根の下に暮らすなんて気詰まりでしょうに、嫌な顔一つせず、有希の面倒を見てくれて、こんなふうに、家の中のことまで引き受けてくれて」
そう言って、食卓の上の料理を示す。伸も微笑む。
「一人暮らしが長いですし、家事や料理は好きなんです」
思いがけず、麗衣が頭を下げて言った。
「どうもありがとう」
伸も、あわてて頭を下げる。
「いえ。こちらこそ」
先に食べ終わった麗衣が言った。
「有希の様子を見て来るから、あなたはゆっくり召し上がって」
「はぁ」
麗衣は立ち上がり、紅茶を淹れる用意をしている。伸はコーヒー派なので、有希がマンションに来たときは、いつもコーヒーを淹れていたのだが、この家に来てから、有希が好んで飲んでいるのは紅茶だと知った。
手早く用意をした麗衣は、トレーを持って階段を上がって行った。
母子で二人だけの時間を過ごしてもらおうと思い、伸は食事の後、ゆっくり後片付けをする。有希が伸を必要としてくれていることは、とてもうれしい。
だが、母親である麗衣が有希のことを愛し、心配しているのは当たり前のことなのに、いつも伸が有希を独占しているようで、申し訳ないという思いもある。もしも伸がいなければ、麗衣が、ずっとそばに寄り添っていることだろうに。
食事の後片付けを終え、洗濯機を回しながら床の掃除をしていると、トレーを持った麗衣が下りて来た。有希は紅茶を飲んだようだ。
麗衣が言った。
「手が空いたら、顔を見せに行ってやって」
「はい」




