146,いじらしく愛おしいと思うことと切ないことと白い猫のぬいぐるみ
申し訳ないと思いながら、伸は笑いが止まらない。
「そんなわけないだろう。俺はユウしか目に入らないよ。ただ単に、ユウと連絡を取れないことがかわいそうだと思って教えただけだよ」
だが、有希はまだ納得しない。
「だけど、もしかしたら生野だって、伸くんのこと……」
おかしいのを通り越して、だんだん心配になって来た。
「そんなことはありえない。そもそも、彼はユウに会いたくて、はるばる名古屋からやって来たんだよ。
俺がここにいることだって知らなかったんだし」
「でも、久しぶりに伸くんに会って、素敵だなって思ったかも」
有希はまた泣き出した。
「だって、僕はこんなふうになっちゃったし、伸くんはとってもハンサムでセクシーだし、生野は健康的で礼儀正しくて、まつ毛が長くて……!」
「ユウ」
伸は、泣きじゃくる有希を抱きしめる。有希の悲しみが痛いほど胸に迫る。
「わかるだろう? そんなことはあり得ないよ。俺はユウ以外の誰も恋愛対象にならない。
それに、これは言わないつもりだったけど、生野くんは、多分、今でもユウのことを思っている」
「だって、転校先で一目惚れしたって、僕に恋愛相談して来たんだよ。僕のことを思っているなら、そんな……」
「確かにそういうことはあったかもしれないけど、それでもユウを思っているのは間違いないよ。そうじゃなかったら、名古屋から会いに来たりしないと思うけどな」
「でも、そうだったとしても、来てみて、こんな僕を見て気持ちが冷めたかも」
「ユウ。生野くんは、犯人をぶん殴ってやりたいって言って泣いていたよ。それで眼鏡を外したんだ」
「あぁ……」
有希は嗚咽する。伸は、その背中を静かにさする。
「ユウが心配するようなことは何一つ起こっていないよ。だけど、ちょっとうれしいな。
ユウが焼きもちを焼いてくれるなんて。それは俺の専売特許だと思っていたのにな」
「もう」
有希がしがみついて来た。有希のことが、とてもいじらしく愛おしい。
それと同時に、報われないとわかっていながら有希を思い続ける生野のことが、有希と出会う前の自分と重なり、とても切ない。
「はい」
白い猫のぬいぐるみを差し出すと、ベッドに横たわったまま受け取った有希は、両手でぎゅっと抱きしめた。今朝も頭痛がひどいようだ。
有希はまだ、一人で時間を過ごすことが出来ない。何かが起こることを怖がっているというよりは、一人でいると、嫌な記憶がよみがえることを恐れているのだろう。
だが、伸も、さすがに四六時中そばについているというわけにもいかない。
やむを得ず用事で出かけなくてはいけないときは、時間を調整して麗衣についていてもらうし、マンションの管理は、今は母の潤子に頼んでいる。
だから、それらについては問題はないのだが、朝は朝食の支度があるし、洗濯や、出来れば掃除もしたい。
体調がすぐれなくても、なんとか起きられるくらいの状態ならば、有希は、伸が目に入るところから見ているのだが、今日のように、起き上がれないくらい具合が悪いこともある。
弱々しく泣く有希を置いて部屋を出ることが出来ず、同じ家の中にいる麗衣に電話をかけて事情を話したこともあった。だが、毎回電話するのも気が引ける。
それで、何か解決方法はないかと考えて捻り出したのが、ぬいぐるみなのだ。それは、有希が話してくれた過去のエピソードから思いついた。
二人で温泉に行ったとき、旅館の仲居に二人の雰囲気が似ていると言われたことから、飼い主とペットは似るという話になったらしい。それで伸は、有希のことをチワワかトイプードルだと言い、有希は、どうせならば猫がいいと言ったのだという。
確かに言われてみれば、猫のほうが合っているかもしれない。それで、伸がそばにいられないときは、せめて代わりにしてもらおうと、有希の雰囲気によく似た、愛らしく柔らかそうな白猫のぬいぐるみをネットで買ってプレゼントしたのだ。




