145,怒りに声を震わせる生野と有希に報告したことと思わず噴き出したこと
少し考えればわかることなのに、不用意な行動を取ったために有希を傷つけてしまった。横になった有希に布団をかけてやってから、伸は部屋を出て階段を下りる。
生野は、青ざめた顔でソファに座っていた。
「すいませんでした。いきなり来たりしないで、なんとか連絡を取る方法を考えればよかった……」
「君は悪くないよ。俺のせいだ」
ため息をつきながら、伸はソファに腰を下ろす。生野が、不安そうな顔でつぶやく。
「俺のこと、非常識なやつだって怒っているかな」
「有希は怒っているわけじゃないよ。ただ、君には元気だった頃の姿だけを覚えていてほしかったって」
生野が、眼鏡を取って目元をこすった。涙をぬぐったようだ。その目は意外にまつ毛が長く、シャープな顔立ちに繊細さを添えている。
「あの傷……。なんてひどいことを。犯人をぶん殴ってやりたい!」
怒りに声を震わせながら、その表情はとても苦しげだ。伸も同じことを何度も考え、相手を殺したいとさえ思ったこともあるが、それで有希の傷や心が癒えるわけではない。
「君の気持ちは、有希もわかっていると思うよ。だけど、今も事件のショックから立ち直れず、ひどく苦しんでいて、今はまだ、君と落ち着いて話せるような状態じゃないんだ」
生野は、もう一度目元をこすってから眼鏡をかけた。
「わかりました。帰ります。いろいろ話してくださって、ありがとうございました」
「いや……」
「それから、一つお願いがあるんですけど」
「何?」
生野が、ジャケットのポケットに手を入れながら言う。
「安藤さんの連絡先を教えてもらえませんか」
取り出したのはスマートフォンだ。
「いいよ」
部屋に戻ると、有希はベッドの中で体を丸めて泣いていた。伸は、ベッドの横に膝まずいて、そっと髪を撫でる。
「ユウ……」
有希はしゃくり上げる。
「生野にひどいことをしちゃった。せっかく遠くから会いに来てくれたのに、僕のこと怒っているかな」
こんなときなのにと思いながら、伸は思わず微笑んだ。
「生野くんも同じことを言っていたよ」
有希が、涙に濡れた目をこちらに向ける。
「ユウが怒っているんじゃないかって」
「僕は怒ってなんかいないよ!」
伸は、布団の上から有希の肩の辺りをぽんぽんと叩いた。
「大丈夫。そんなことはないって言っておいたから」
有希は、ほっとしたように体の力を抜いた。
「それから、生野くんと連絡先を交換したよ」
必ずしも報告する必要はないと思うが、有希に隠し事はしたくない。それに、いつか有希がそれを知ったときに傷つかないとも限らない。
「何か生野くんに言いたいことがあれば、俺が代わりに伝えておくよ」
だが、有希は不満そうな顔をして言った。
「連絡先、交換したの?」
「そうだよ。生野くんに言われて」
さらに有希は言う。
「生野に言われて、すぐに承知したの?」
「うん。ユウのことを俺に聞いたり、何かあれば伝えたりしたいんじゃないかな。ユウと直接連絡が取れないから」
有希は唇を尖らせる。
「そうかな……」
「もちろん、ユウが嫌だと思うことは言わないよ」
有希が、ベッドの上で起き上がった。
「伸くんは、生野に初めて会ってみてどう思った?」
伸は、その横に腰かけながら答える。
「そうだな。前にユウに聞いた通り、礼儀正しい子だと思ったよ」
「それから?」
「それから? そうだな。眼鏡を取ると、ちょっと雰囲気が変わるね。意外とまつ毛が長くて」
有希が、上目遣いに伸を見る。
「それで、いいなって思ったの?」
伸は、一瞬フリーズした。
「……え? 何?」
「だから連絡先を交換したの?」
突然、有希が絡んで来る意味を理解して、伸は思わず噴き出した。
「ユウ。もしかして妬いてるの?」
有希の目に、じわりと新たな涙が湧き上がる。
「俺が彼のことを気に入って、それで連絡先を教えたと思ったの?」




