142,抱き合ったまま泣き続けることと麗衣の鋭さと定められた運命
伸は、思わず有希の肩を抱き寄せる。かわいそうに……。
「伸くんは、傷なんて関係ないって言ってくれて、毎日料理を作ってくれたり、デジカメを買ってくれたり、こんなふうに抱きしめてくれたり、いつもいつも優しくしてくれる。
もしも伸くんがいなかったら、今頃、僕はどうなっていたかわからないけど、伸くんのおかげで、こうやって楽しい時間も過ごせている。
だけど、鏡を見たり、傷に触れたりするたび、あのときのことを思い出して、忘れたいのに忘れられない。苦しくてたまらないよ……」
伸は、有希の体に回した腕に力を込めた。自分の無力さを思い知り、抑えようのない激情が湧き上がる。
「あぁ……」
こらえきれずに嗚咽を漏らすと、腕の中で有希が言った。
「伸くん、泣いてるの?」
その声も涙に震えている。
「ユウ。ごめん」
「どうして謝るの?」
「俺に魔法が使えたら、ユウの傷を消してあげられるのに……」
「伸くん」
有希がしがみついて来る。
「ユウ……」
二人は抱き合ったまま、しばらくの間、泣き続けた。
昼食の時間に下りて来た麗衣が、お湯を沸かしている伸と、テーブルに着いてうなだれてる有希を見比べて言った。
「あなたたち、どうかした?」
有希はともかく、自分の異変にまで気づいた麗衣の鋭さに、伸は内心驚く。
「いえ……」
伸は、かすかに首を横に振った。有希は、うつむいたまま答えない。
「もしかして、けんかでもしたの?」
「いえ。けんかなんて……」
強く否定しなければと思うのに、力が出ない。伸は、さっきの有希の言葉に打ちのめされていた。
食事が始まっても、会話は弾まない。麗衣に話しかけられても、気の利いた言葉が返せないし、伸も有希も、あまり食欲がない。
そんな二人を見て、麗衣は不審そうな顔をしていたが、深く追求して来ることはなかった。
だが、沈んだ気持ちのまま部屋に戻ると、有希が後ろから抱きついて来た。
「伸くん……」
伸は、腰に回した有希の手に、そっと手のひらを重ねる。有希が言った。
「さっきはありがとう」
「え?」
「伸くんが、僕のために泣いてくれてうれしかった」
伸は苦笑する。
「そんな恰好のいいものじゃないよ。自分の不甲斐なさにがっかりして、こらえきれずに泣いてしまったんだ」
有希は、伸の背中に頬をすりつける。
「それでも、僕はうれしかった。僕の気持ちをわかってくれて、一緒に苦しんでくれていることが。
そうでなくてもたくさん助けてもらっているのに、なんだか申し訳ない気もするけど……」
伸は、有希の腕を掴んで腰から離し、有希のほうに向き直った。
「申し訳ないなんて思わなくていい。ユウは俺の一部も同然だよ。自分とユウを切り離して考えることなんて出来ない」
ずいぶんと大胆な告白をしているようで恥ずかしいが、言わずにはいられない。
「ユウのおかげで、今の俺があるんだ。長い間、ずっと孤独で、過去にだけ目を向けて生きて来た俺を、ユウが現実に引き戻してくれた。
大切なたくさんの記憶を失ってしまったことは、とても残念だけど、それでももう一度ユウのことを好きになったんだ。ユウはかけがえのない大切な人だよ。
どんなことがあっても、ずっと一緒にいたい。そうさせてほしい」
一気に話した後、かっと顔が熱くなった。心臓も飛び跳ねている。
いたたまれない気持ちになって横を向くと、再び有希が抱きついて来た。
「僕も同じだよ。行彦としての記憶も、伸くんとの記憶も全部忘れちゃったのに、それでもまた伸くんのことが大好きになったんだ。
僕たちは、強い絆で結びつけられているんだね。これが運命なんだね……」
自分たち以外の誰かのことだったならば、絆や運命などといった言葉は陳腐に聞こえたかもしれない。だが、いくつもの不思議な体験を経て来た二人には、とてもしっくり来る気がするのだ。
伸はふと思う。それならば、有希が襲われて深く傷ついたことも、定められた運命だったのだろうか……。




