140,自分の弱さとずるさを痛感することとあわてて大きな声でさえぎったこと
有希のためだと言いながら、結局のところ、すべて自分のためなのだ。自分がそうしたいからする。そうせずにはいられないから。
思いがけないところで自分の弱さとずるさを痛感し、伸は、さらに動揺する。
「伸くん?」
名前を呼ばれて、我に返った。
「……あっ、うん?」
「怒った?」
伸は笑って見せる。
「どうして。そんなわけないだろ」
「だって……」
「ユウの言う通り、焼きもち焼いたんだよ。でも、事情がわかったから、もう平気だよ」
笑ってくれるかと思ったのに、有希は、悲しげな顔をしてうつむいた。
「ユウ?」
「あのときも……」
言いかけて、有希は黙り込む。
「ユウ? あのときって?」
伸がうながすと、有希はようやく話し始めた。
「生野がフォレストランドに一人で伸くんに会いに行った日、いつもは僕の体を大切に扱ってくれる伸くんが、いつになく荒々しかったんだ」
つまり、愛し合ったときのことか。
「『ユウのことを誰にも渡したくない』って言ってくれて、僕が今みたいに『焼きもち焼いてる?』って聞いたら、伸くんは『あぁ。焼いてる』って。
すごくうれしかった。だけど……」
「何?」
有希は、涙声になる。
「今の僕は、こんなひどい顔になって、セックスだって出来ない。今の僕に、伸くんに焼きもちを焼いてもらう価値なんかない。伸くんに優しくしてもらう価値なんか……」
「ユウ。それは違うよ。俺はずっと、ユウのためにそばにいて、ユウのために何かしたいって思っていた。
でも、それは思い上がりで、ユウのそばにいるのも、何かしたいのも、全部自分がそうしたいからしているだけで、ただのエゴだって気づいたんだ。それで今、自分にがっかりして動揺したんだよ」
「伸くん……」
顔を上げた有希の目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「傷とか、セックスがどうとか関係ない。もしも、それで引け目を感じているなら、そんな必要はまったくないよ。
何度も言うけど、傷があっても、ユウはとてもきれいだし、セックスしなくても、ユウのことが大好きだし、今だって、ユウのことを誰にも渡したくないと思っている」
「あぁ……」
伸は、本格的に泣き出した有希の肩を抱きしめる。どんなことがあっても、有希から離れることなんて出来ない。
しばらくの間、泣き続けていた有希が、やがてぽつりと言った。
「もしも、伸くんがしたいなら」
「え?」
顔をのぞき込むと、有希は真っ赤に泣き腫らした目でこちらを見て言った。
「僕の体は反応しそうにないけど、伸くんがそれでもいいなら、してもいいよ」
「ユウ」
伸はため息をつく。
「俺はそこまでスケベじゃないよ。自分だけ気持ちよくなっても意味がない」
だが、有希はさらに言う。
「なんなら手で、とか」
「ユウ」
「それとも、く」
「ユウ!」
伸はあわてて大きな声でさえぎった。
「それ以上言わなくていい」
「でも……」
「ユウはそんなこと考えなくていい。ユウはただ、そこにいてくれるだけでいいんだよ」
有希はまだ、不満そうな顔で伸を見ている。顔が熱い……。
「おはよう」
長ネギを刻んでいた伸は、顔を上げて、部屋から下りて来た麗衣に返す。
「おはようございます」
「いい匂い。今日は和食なのね」
「はい」
長ネギは、味噌汁の具にするのだ。
「おはよう」
いつになく明るい声で言った有希の手元を見て、麗衣が声を上げた。
「それ、どうしたの?」
「これ?」
有希がテーブルに置いたデジカメを手で持って示す。
「伸くんが買ってくれた。伸くんの料理を撮るんだよ」
麗衣は、伸をちらりと見てから、有希に言った。
「スマホがあるじゃないの」
「だって……」
伸は助け舟を出す。
「俺がプレゼントするって言ったんです。今のデジカメは多機能だし扱いやすいから、いろいろ楽しめるんじゃないかと思って」
「そうなの。なんだか申し訳ないわね」
「いえ」
伸は、笑顔で首を横に振る。有希が言った。
「ママも撮ってあげる」
「ママはいいわよ……」




