139,通知音に怯える有希とお気に入りの写真と胸の中が波立って言葉が出ないこと
数時間後、ベッドに並んで腰かけながら、有希が充電を終えたスマートフォンの電源を入れると、通知音が連続して鳴り始めた。有希は、あわててスマートフォンを手から離し、怯えたように見つめている。
「友達じゃないかな。きっとみんな、ユウのことを心配して……」
だが、有希は言った。
「伸くん、電源切って」
「えっ、いいの?」
「お願い」
有希が涙目になっているのを見て、伸は言われた通りにした。
「心配してメッセージをくれたのかもしれないけど、見るの怖い」
確かに、中には、悪気はなくても、デリケートな有希の心を傷つけるようなものも含まれているかもしれないし、事件後間もない頃のメッセージを読んだことによって、嫌な記憶がぶり返してもいけない。
「そうだね。無理に見ることはない。心配してくれているなら、きっとユウのそういう気持ちもわかってくれるさ」
だが、これで有希はスマートフォンが使えなくなってしまった。
「じゃあ、俺のスマホで写真を撮る? あっ、でも、俺のはあんまりカメラの性能がよくないんだよな……」
それで、少し考えてから言った。
「なんならデジカメを買おうか。プレゼントするよ」
有希が、まだ心細そうな顔をしたまま言った。
「いいの?」
「もちろん」
「……伸くん!」
感極まったように、有希が抱きついて来た。
有希の体を抱えながら、伸は、あることに思い至る。
「そうだ。機内モードにすればいいんだ。それで通知を気にせずカメラが使えるよ」
つまり、スマートフォンをオフラインにしてしまうのだ。だが有希は、伸の胸に顔をうずめたまま言った。
「スマホはいい。伸くん、デジカメ買って」
「中の写真は見なくていいの?」
「クラウドに保存してあるから、パソコンで見られる」
「……そうか。わかったよ」
机の上のノートパソコンを立ち上げ、ネットショップでデジカメを注文した後、二人で料理の写真を見ることにした。フォルダを開くと、おびただしい数の写真がある。
「こんなに作ったのか……」
その半分以上は初めて見るものだ。運命のいたずらなのか、有希が前世や出会った頃の記憶を失くしたように、伸の中からも、有希と出会ってから一年ほどの記憶が失われている。
「あ、これこれ」
有希が一つの写真をクリックして拡大すると、湯気の立つビーフシチューの皿とともに、微笑む伸が写っている。
「この写真、僕のお気に入り。実はこれ、生野にしつこく言われて見せっちゃったんだ」
伸は覚えていないのだが、生野というのは、有希に猛アタックした、彼のかつての同級生だ。すべて後から有希に聞いた。
「そうなの? なんだか恥ずかしいな」
「伸くんにもらったチェーンを失くして困っていたとき、見つけてもらって断れなかったんだよ」
首元のプラチナのチェーンに触れながら、有希は、懐かしそうな顔で微笑んでいる。そして、意外なことを言った。
「内緒にしていたけど、あいつが引っ越した後、少しの間、連絡を取り合っていたんだ」
「えっ……そうなの?」
ちくりと胸が痛む。表情に出たのか、有希が言った。
「あれ。伸くん焼きもち焼いてる?」
「そんな……」
さらに有希は、にやにやしながら言う。
「生野に言われて、自撮りも送っちゃった」
情けないことに、胸の中が波立って、とっさに言葉が出ない。有希が言う通り、この感情は紛れもない嫉妬だ。
だが、有希が言った。
「勘違いしないで。生野が転校先で一目惚れしたって言って、恋愛相談を受けていたんだよ。
伸くんも知っている通り、僕は伸くんとしか付き合ったことがないから、たいしたアドバイスは出来なかったけどね」
「そう……」
深く傷ついた有希を守りたい。有希の心の傷を少しでも癒したい。有希のためなら、どんな困難にも全力で立ち向かう。
そんなふうに思っていたくせに、こんな些細なことで動揺するなんて、本当に自分が情けない。




