137,よく似た母子とずっとしていないこととサイレンの音
伸は、有希の背中に、そっと手を当てる。
「そうに決まっているだろ」
本当は、もっと言葉を尽くして慰めてやりたいが、やはり母の前では照れくさい。後で二人になったときに、また話をしよう。
そう思っていると、麗衣が塗りのお盆を持ってやって来た。
「見て。とってもきれいよ。食べるのがもったいないみたい」
麗衣がテーブルの端に置いたお盆に、伸と潤子は、反射的に手を伸ばす。長年、飲食店で働いている者の習い性のようなものだ。
それで、あっという間に、それぞれの前に、薄紅色の花の形をした和菓子の皿と、湯気の立つ湯飲みが配置された。麗衣は、それを見て、おかしそうに言った。
「お二人は、本当によく似ていらっしゃるわね。お顔や雰囲気もそうだけど」
「えっ、そうですか?」
思わず言葉が口をついて出た。以前、有希にも、雰囲気が似ているとは言われたが、顔もそんなに似ているだろうか。
麗衣が、なおもおかしそうに言う。
「あら、そっくりよ」
「それを言うなら、麗衣さんとユウだってそっくりですよ」
「そうかしら……」
口ではそう言いながら、麗衣は、まんざらでもないような顔をしている。そして、まだうつむいたまま、鼻をぐずぐず言わせている有希に声をかける。
「とってもおいしそうね。いただきましょうよ」
有希は、目元をぬぐいながらうなずいた。
部屋で二人になると、有希は、伸に抱きついて来た。
「よかった……」
伸は、両腕で有希を抱きしめる。
「うん?」
「潤子さんが怒っていなくて」
伸は笑う。
「怒るわけないだろ」
「でも、僕は伸くんを束縛して、伸くんの大切なお仕事まで奪ってしまった」
有希の肩を抱いたままベッドまで行き、並んで腰かける。
「俺は束縛されているとも、仕事を奪われたとも思っていない。仕事は一時的に休んでいるだけだよ。それは母だってわかっていると思う。
料理は好きだけど、今はこの家で毎日作っているし、家事も嫌いじゃないんだ。麗衣さんはよくしてくれるし、いつもユウと一緒にいられるし、この生活、俺は意外と楽しんでいるんだけどな」
「伸くん……」
涙ぐみながら、有希はまだ沈んだ顔をしている。
伸は、有希の髪をもてあそびながら聞いた。
「まだ何か気になることがある?」
有希は、うつむいたままつぶやいた。
「僕たち……」
「うん?」
「僕たち、ずっと、してない」
「あ、あぁ」
有希が襲われて以降、一緒にシャワーを浴び、一つのベッドで眠っていながら、二人はキスさえしていないのだ。
「伸くんのことが大好きなのに、全然そういう気持ちになれないし、体が反応しない」
「うん」
「だけど、僕たちは恋人同士だし、前は、会うたびに愛し合っていたし、伸くんは、そのことをどう思って……」
いつかはこういう話になるかもしれないと思っていた。伸は、心持ち体を有希のほうに向け、横顔を見つめながら話す。
「ユウは大変な目に遭って、まだショックから立ち直れていない。だから、そういう気持ちになれなくても仕方ないと思うし、俺は平気だよ。
もちろん、ユウのことが欲しくないわけじゃない。だけど、それはユウがしたいと思えるようになってからでいい。
別にユウの体だけが好きなわけじゃないからね。しなくても、ユウのことを愛している気持ちは変わらないし、かわいいと思っているし、いつも一緒にいられるのは、すごく幸せだ」
そうなることはわかっていたが、有希は嗚咽し始めた。
夜、半覚醒の状態でうとうとしていると、遠くから聞こえるサイレンの音が耳に入った。救急車と、それにパトカーも。
大通りで事故でもあったのだろうか。そう思っていると、隣で有希が小さく声を上げた。
それで、完全に目が覚めた。伸はかたわらを見る。
「ユウ?」
有希が、腕にしがみついて来た。
「怖い……」
「大丈夫だよ」
「伸くん。助けて」
伸は、有希の背中に腕を回す。
「怖い。助けて……」




