136,中学生のようだと言われることと表情を曇らせる有希と翠月堂の和菓子
あぁ驚いた。ため息をついて、スマートフォンをベッドサイドに置く。
ヘッドレストに背を預けながら横を見ると、有希がくすりと笑った。
「伸くんでも、あんな言い方するんだね」
「あ、ちょっときつかったかな」
有希は、にこにこしながら言う。
「そんなことはないけど、中学生が口答えしているみたいで、かわいかった」
「な……!」
「潤子さんに会うの、楽しみだな。あっ。でも……」
突然、有希は表情を曇らせた。
「この傷、潤子さんが見たら……」
そう言いながら、頬の傷に手を当ててうつむく。抜糸をして、絆創膏も取れたが、赤みを帯びた傷が、白い頬に長く斜めに走っている。
「そんなこと、母は気にしないよ」
「そうかな……」
「そうだよ。だから、ユウも気にしなくていい」
そうは言ったものの、にわかに心配になる。潤子が傷を見て動揺すれば、有希はショックを受けるだろう。
潤子には、事前に傷のことを知らせておかなくてはいけない。とは言え、有希に知られずに電話をかけるのは難しそうだ。
有希の肩に触れながら、伸は考える。有希が眠っているときにでも、メールしておこうか……。
その日、伸は、有希とともに緊張しながら潤子を待っていた。伸自身も、しばらく顔を合わせていないし、彼女は、この家に来るのも麗衣に会うのも初めてなのだ。
麗衣に案内されてリビングに入って来た潤子も、やはり緊張の面持ちでこちらを見た。麗衣一人が、柔らかな笑顔を浮かべて言う。
「和菓子をいただいたのよ」
潤子が、麗衣の顔を見る。
「私が好きなので買って来てしまいましたけど、あんこは大丈夫ですか?」
「私も好きです。有希も大好きよね」
すると、有希が言った。
「もしかして、翠月堂の?」
潤子が、驚いたように有希を見る。
「えぇ、そうだけど。有希くん、ご存知なの?」
有希は、ちらりと伸を見てから、潤子に視線を戻して言った。
「伸くんに聞いたことがあります」
翠月堂は、伸の地元では老舗の和菓子店だ。そう言えば、高校生のときに入院した際に、同級生が、ここの和菓子を見舞いに持って来たことを有希にも話したかもしれない。
付き合い始めた頃、行彦だったときの記憶を失ってしまった有希に、過去のことを事細かに話して聞かせたようだ。もっとも、伸にそのときの記憶はないのだが。
「そうなの」
ようやく、潤子の顔にも笑顔が浮かんだ。
「みんなでいただきましょう。今、お茶を淹れて来るわね」
「あっ、すいません」
麗衣の言葉に、家事を引き受けている伸はあわてる。だが、麗衣は微笑んだ。
「いいのよ。こんなときくらい私にやらせて」
三人でソファに座る。有希とテーブルの角を挟んで座った潤子が言った。
「有希くん、大変だったわね。もっと早くお見舞いに伺いたかったんだけど……」
まさかとは思うが、彼女が余計なことを言いはしないかと、伸は内心はらはらする。有希が言った。
「あの、すいません」
「え?」
潤子は首を傾げる。
「伸くんのことで、潤子さんに心配かけちゃって……」
すると、潤子は笑顔になって言った。
「あぁ。伸がこちらでお世話になっていること?」
有希はうつむく。
「お世話になっているのは僕のほうです。我がままを言って、伸くんに、たくさん迷惑をかけて……」
潤子が、伸を見た。
「迷惑だなんて思っていないわよねぇ」
伸はうなずく。
「あぁ。もちろん」
「だけど……」
そう言ったまま有希が黙ってしまったので、伸はあわてて、何か言わなければと息を吸い込む。だが、伸より先に潤子が言った。
「そんなふうに思っていないのは、伸の顔を見ればわかるわよ」
「あ……」
「聞いたわけじゃないけど、伸は自分がそうしたいからここにいるんじゃない? だったら、有希くんはそんなに気にしなくていいわよ。ねぇ」
潤子が、再びこちらを見た。
「うん」
有希は鼻をすすり、目元をぬぐっている。仕方ないが、また泣き出してしまったか……。




