134,とても愛おしく支えたいと思うことと激しく揺れ動く有希の心と休職扱いにしてもらうこと
待合室では、麗衣と伸とで、有希を間に挟んで座って待った。診察室には、麗衣が付き添って入った。
さすがに、そこまでついて行くのはどうかと思い、伸は外で待っていたのだが、このときばかりは、有希も何も言わなかった。
やがて、二人が診察室から出て来た。有希の頬の絆創膏は貼り替えられているが、目にうっすらと涙が滲んでいる。
思わず、麗衣の顔を見ると、彼女は微笑んだ。
「貼りかえるとき、ちょっと痛かったのよね。でも、丁寧に縫われているし、化膿もしていないそうよ」
「そうですか。よかった……」
家に戻ると、昼食の時間だった。だが有希は、気分が悪いと言って、ぐったりと背もたれに体を預けたまま、出されたものに手をつけようとしない。
「食べないなら、部屋で休んでいなさい」
麗衣の言葉に、有希は、ゆらゆらと首を横に振る。
「伸くんが食べるの待ってる」
「安藤さんはどこにも行かないわよ。そのために、着替えだって持って来てくれたんじゃないの」
だが、有希はかたくなだ。
「待ってる」
「有希……」
麗衣は、何か言おうとして、途中でやめた。今は何を言っても無駄だと思ったのだろう。
「じゃあ、ちょっと待っていて」
伸は、有希に微笑みかけてから、フォークでパスタを掬う。麗衣が言った。
「ゆっくり召し上がって」
「はい」
有希は、小さな子供に戻ってしまったようだ。もちろん、有希が子供の頃のことは知らないが、伸に対する態度は、今までのような恋人に対するそれとは明らかに違っている。
辛い体験がそうさせたのだということはわかっている。不安に怯え、伸にすがる有希は痛々しく不憫だが、とても愛おしいし、支えたいと思う。
今はただそばにいて、少しでも慰めになれたら。有希は伸にとっても、かけがえのない大切な存在なのだから。
有希は、倒れ込むようにベッドに横たわった。伸も、まだスプリングが弾んでいるベッドの端に腰かける。
「今日は疲れた?」
有希は、伸の問いに、暗い目をしたままうなずく。
「……伸くん」
「うん?」
「ごめんね」
伸は、有希の髪を撫でる。
「謝らなくていいよ」
きっと有希の心は激しく揺れ動いているのだろう。
「自分でも、子供じみていると思う。だけど、ふとした瞬間に、あのときのことがよみがえって……」
有希が、体を丸めながら、ぎゅっと目をつぶる。
「怖くて、とても一人ではいられない。ずっと伸くんにそばにいてほしい。
だけど、こんなことばかりしていたら、いつか伸くんに嫌われてしまうんじゃないかって……」
伸は、有希の髪を撫でながら、静かに話す。
「そんな心配はいらないって言っているだろ。もしもユウが本気でそう思っているなら、ちょっと心外だな」
「え?」
有希が目を開けて、伸の顔を見た。
「俺がユウを思う気持ちは、そんなことで簡単に変わるような薄っぺらいものじゃないよ」
「あ……」
有希の頬に赤みが差し、目が潤む。伸は微笑む。
「ユウは本当にかわいいね」
その後も、伸は、ずっと有希のそばに付き添い、夜は同じベッドで眠ったが、有希は毎晩のように悪夢にうなされた。時間が経てば苦しみが薄れるというような、単純なことではないのだろう。
密かに危惧していた通り、週明け、今日からまた伸が出勤すると言うと、激しく泣いて嫌がり、過呼吸発作を起こした。
有希のそばに居続けることは、ちっとも苦にならないし、一人に出来る状態ではないと思うが、このまま店を休み続けるわけにはいかない。
それで、麗衣と話し合った結果、いったん休職扱いにしてもらい、有希の心身が回復するまで、伸は、この家で暮らすことになった。有希も、当分の間、休学することになった。
まさか、こういうことになるとは思わなかったし、麗衣には、申し訳ないと言って何度も謝られたが、伸は、それで一向にかまわないと思っている。




