132,ほっとしたのかがっかりしたのかよくわからないこととうなされる有希と険悪な空気
「ありがとう。あのさ、一緒に寝てほしいんだけど」
「あ……」
伸は戸惑う。有希がマンションに来たときには、当たり前に愛し合い、当たり前に一緒に寝ているが、この家でそれをするのはさすがに気まずい。
だが、有希が、すがるような目をして言う。
「お願い。一人じゃ怖くて寝られないよ」
今日一日見ていて、有希がどれだけ傷つき、怯え、不安に苛まれているかよくわかった。きっと麗衣も理解してくれるだろうと思い、伸は答えた。
「わかったよ」
有希に手を取られ、そのまま階段を上り、有希の部屋に行く。伸は、昨夜タクシーで駆けつけて来たままなので、麗衣が用意しておいてくれたパジャマを着ている。
部屋に入ると、有希は、伸の手を引いて真っ直ぐベッドに向かった。まさか、こんな展開になるとは思わなかった……。
伸をベッドに引き入れて、有希が言った。
「怖いから、電気を点けたままでいい?」
「あ、あぁ」
ぎくしゃくしながら横たわると、有希が体をすり寄せて来た。髪から、いつものシャンプーの甘い香りが漂う。
こんな状況ではあるが、有希が求めてきたら、拒むわけにはいくまい。そう思ったのだが、有希は、伸の肩に頬を寄せると、そのまま目を閉じた。
伸は、いつの間にか止めていた息を吐く。自分でも、ほっとしたのかがっかりしたのかよくわからない。
ただ、有希が受けたショックの大きさを思う。いつもの有希は、自分でも淫乱だと言うくらい積極的だ。
それが今日は、セックスどころか、気づいてみればキスもしていない。心も体も深く傷ついている今、そういう欲求が湧き上がる余裕はないのだろう。
今まで考えたこともなかったが、平穏で幸せだからこその「淫乱」だったのだ……。
間もなく、静かな寝息が聞こえて来た。昨夜はよく眠れなかったようだし、今日も何度も泣いたり叫んだりして疲れているのだろう。
このまま朝までゆっくり眠ってほしい。そう思いながら、自身も疲れていた伸も、やがて眠りについたのだが。
「あ……いや……いや……!」
苦しげな声に目が覚めた。有希がうなされているのだ。
伸は、そっと肩を揺すりながら声をかける。
「ユウ。……ユウ」
有希が目を開けた。
「大丈夫?」
有希はあえぎながら、大きく見開いた目で伸を見つめ返す。
「あ……」
一瞬、泣き出すかと思ったが、有希は呆然とした表情のままつぶやいた。
「伸くん。……抱きしめて」
あぁ、かわいそうなユウ!
「おいで」
両腕を広げると、有希は、伸の胸にしがみついて来た。
朝の食卓は、険悪な空気に包まれていた。別に、二人が一つのベッドで寝たことをとがめられたわけではない。
有希の傷の処置をした救急病院の医師に、日を置かずにかかりつけの医師に診てもらうことを勧められ、麗衣が、今日の午前に予約を取ったのだという。だが、有希は行きたくないと言って、さっきから、膝の上で拳を握りしめてうつむいているのだ。
麗衣が言う。
「なるべく傷をきれいに治すためには、治療後のケアが大切なんですって」
だが有希は、吐き捨てるように言った。
「そんなこと、無駄だよ。どうせ傷跡が残ることに変わりないのに」
「傷が固まってしまってから後悔しても遅いのよ」
「後悔なんてしないよ!」
声を荒げながら、有希は涙をぬぐった。
伸は、有希のことがかわいそうでならない。そして、気丈に振舞いながらも、胸を痛めているに違いない麗衣のことも。
「ユウ」
伸は、有希の顔をのぞき込むようにしながら話しかける。
「俺も、一度病院に行ったほうがいいと思うけど。傷が化膿したりしていないか診てもらうだけでも」
有希が、横目でこちらを見る。
「行きたくない。外に出るの、怖い」
「麗衣さんに車で連れて行ってもらうんだろう?」
伸の言葉に、麗衣がうなずく。
「でも、怖い……」
「じゃあ、俺も一緒に行ったら?」
言いながら、ちらりと見ると、今度も麗衣はうなずいている。有希が顔を上げた。




