131,真っ赤に泣き腫らした目とフレンチトーストと一人になるのが怖いこと
「それじゃ、有希のことはあなたにお願いして、ちょっとお店に顔を出して来てもいいかしら」
麗衣は普段ならば、毎晩、経営する各店舗を回っているのだ。
「もちろんです」
冷蔵庫の中のものは、なんでも好きに使ってもらってかまわない。身支度を整えた麗衣は、そう言って出かけて行った。
その間もずっと、有希は伸の胸から顔を上げなかった。
麗衣が帰って来るのは明け方になるだろうから、夕食は伸が作って、二人で食べることになるだろう。
伸は思う。有希が、ちゃんと食べてくれるといいのだが……。
有希を胸に抱いたまま、さてどうしたものかと考えていると、おもむろに有希が体を離して言った。
「伸くん」
「うん?」
うつむいたままの有希は、目を真っ赤に泣き腫らしている。
「迷惑かけてごめんね」
伸は、有希の乱れた髪を直してやる。
「迷惑じゃないよ」
有希が顔を上げた。
「本当に?」
「本当だよ」
「馬鹿みたいに泣いて困らせて、うんざりしたでしょう?」
「そんなことはないよ」
きっと有希自身も、自分の感情を持て余しているのだろう。
「伸くんに嫌われたら……」
途中で言葉を切った有希の目に、またも涙が湧き上がるのを見て、伸はあわてて言う。
「嫌わないよ。ユウが辛い目に遭ったせいで、動揺していることはよくわかっている。
そんなときは、感情をコントロール出来なくなることもあるだろう。今は我慢しないで、思ったことは全部吐き出してくれてかまわないよ」
「伸くん……」
なんとか泣き止ませたいと思ったのだが、やはり有希は涙をあふれさせた。今は仕方がないと諦め、伸は、静かに有希の髪を撫でる。
いつの間にか、部屋の中は薄暗くなっている。夕暮れが迫っているのだ。
伸は、ぴたりと寄り添う有希の髪に頬を近づけながら言った。
「お腹空かない? そろそろ夕ご飯にしようか」
「伸くんが作ってくれるの?」
「うん。冷蔵庫の中に何があるのかわからないけど」
「じゃあ、フレンチトースト作って」
「そんなものでいいの? あんまり食欲ない?」
「うん……。でも、伸くんのフレンチトーストなら食べられる」
「そう」
有希のリクエストに応えて、フレンチトーストとスクランブルエッグとサラダという、朝食のようなメニューの食事をした。
後片付けを終えて手を拭いていると、その様子を、ずっとダイニングテーブルの向こうから見ていた有希が言った。
「伸くん。一緒にシャワー浴びよう」
「……え? でも、傷に障るんじゃ……」
だが有希は、平気な顔をして言う。
「大丈夫だよ。お医者さんはシャワーを浴びてもいいって言ったし、昨日も浴びたもん」
「いや、そういうことじゃなくて……」
いつもそうであるように、一緒にシャワーを浴びれば、シャワーだけで済まなくなることは目に見えている。今はまだ「激しい運動」は控えたほうがいいのではないか。
伸はそんなふうに思ったのだが、有希は、不安げな表情を浮かべて言った。
「一人でバスルームにいるの、怖いんだ」
伸は、心の中で自分を恥じた。きっと有希は、今はセックスどころではないのだ。
「昨日はどうしたの?」
「昨日は、ママにドアの外にいてもらった。だけど、一人になると……」
有希はうつむく。一人になると、事件の記憶がよみがえって辛いのだろうか。
「わかったよ。一緒に浴びよう」
顔の傷にばかり気を取られていたが、服を脱ぐと、胸に張られた絆創膏も思いのほか大きく、伸は、にわかに心配になった。
「胸の傷も痛む?」
「少し……」
もともと華奢な有希の体は、数日の間に、さらに痩せてしまったようだ。傷もないのに、伸の胸も痛む。
表情に出ていたのか、有希が気遣うように言った。
「でも大丈夫だよ。痛み止めも飲んだし、絆創膏は防水だし」
「そう……」
伸は、ドライヤーのスイッチを切って言った。
「いいよ」
一緒にシャワーを浴びた後、有希を椅子に座らせ、髪を乾かしてやったのだ。肩にかけたタオルを外しながら、有希が振り向いた。




