126,硬く目を閉じた有希と麗衣に電話をかけることとモダンでスタイリッシュな邸宅
麗衣が、震える声で言った。
「通報してくれた人が聞いたそうよ。『一生消えない傷をつけてやる』って」
傷は、何針も縫ったという。
麗衣は、ハンカチで目元を拭う。伸は、彼女の涙を初めて見た。
「有希がつきまとわれていることは聞いていたの」
「俺もです」
「でも、まさかこんなことになるなんて……」
そこで麗衣は、はっとしたように顔を上げた。
「あなた、お店に行かないと」
「あ……」
いつもならば、そろそろ店に行って開店準備をしている時間だ。
「鈴木さんには私から電話しておくから、行ってちょうだい。
ここは大丈夫よ。落ち着いたら帰っていいって言われているの」
麗衣は、店長の名前をあげて、そう言った。とても仕事に行く気分ではないが、行かないわけにはいかない。
「じゃあ、ユウの顔を見てから」
せめて一言交わしてから店に向かいたいと思ったのだが、有希は、いくぶん眉根を寄せて硬く目を閉じたままで、眠っているのか、二人が入って行っても反応はない。
伸は、束の間その顔を見つめた後、麗衣に頭を下げると、後ろ髪を引かれる思いで病室を出た。
ずっと有希のことが気になっていたが、時間を考え、翌朝まで待ってからメッセージを送った。だが、返信はなく、既読にすらならないので電話をかけてみたのだが、電源を切っているようだ。
心配になって、悪いと思いながら麗衣に電話をかける。彼女は、すぐに出た。
「はい」
「安藤です。朝早くにすいません。あの、ユウは……」
「いいのよ。あの子は、少し前にようやく眠ったわ。家に帰って来てからも動揺が収まらなくて」
「そうでしたか。それじゃ、麗衣さんも、ずっと?」
「ええ。あの子が一人になりたくないと言って泣くものだから」
昨日の有希の痛々しい姿を思い出し、胸が絞めつけられる。かわいそうに、あんなひどい目に遭っては無理もない。
出来ることならば、自分もずっとそばに付き添っていたかったが……。
「それじゃ、麗衣さんもお疲れですね。こんな時間にすいませんでした」
もしかすると、彼女も寝ようとしていたところだったのではないか。だが、麗衣は言う。
「こんなときだもの、気にしないで。ちょうど、お茶を飲んで一休みしていたところよ」
「そうですか」
それから伸は、思い切って言った。
「あの、今日の午後にでも、お宅に伺っていいでしょうか。その、お見舞いというか……」
「ええ。もちろんよ。きっとあの子も喜ぶわ」
有希との付き合いは長くなったが、家を訪ねるのは、これが初めてだ。
麗衣は、ダイニングバーのほかにもナイトクラブを三店経営していて、有希の身なりや行動からも、裕福な暮らしをしていることがうかがえたが、その家は、豪邸と呼んで差し支えない邸宅だった。
モダンでスタイリッシュな雰囲気は、どこか麗衣に似ている。
大理石の床の広々とした玄関に現れた麗衣は、ゆったりとした菫色のワンピースをまとい、美しくメイクしていて、疲れた様子も見えない。
すっかり雰囲気にのまれてしまった伸は、おずおずとケーキの箱を差し出す。有希は甘いものが好きなのだ。
「これ、お見舞いです」
「まぁ、すいません」
麗衣は、箱を受け取りながら艶然と微笑む。昨日の涙が嘘のようだ。
「どうぞお上がりになって」
ふかふかのスリッパを履いた伸は、これもまた広々として明るいリビングに通された。
「今、有希を呼んで来ますから、かけてお待ちになって」
そう言って麗衣は、ゆったりとして高級そうなソファを指す。
「はい……」
伸は内心、同じソファでも、伸の実家にあるそれとは大違いだと思う。伸が腰を下ろすのを見届けてから、麗衣は部屋を出て行った。
伸は、自分のマンションの部屋がすっぽり収まってしまいそうなリビングを見回す。こんな家で暮らしている有希は、伸の質素な部屋を見てどう思っているのだろう。
狭い部屋のシングルベッドで愛を交わし、身を寄せ合うようにして眠り、狭いバスルームでシャワーを浴び……。




