122,一緒にお風呂に入ることと大学生になることと伸の腕を掴んで揺すること
ごくごくとボトルの半分ほどを一気に飲んでから、とんとテーブルに置いて、伸はため息をつく。
「明日からもう、あそこに行くことはないんだな。専門学校を卒業してから、ずっと通い続けていたのに、嘘みたいだ」
「伸くん……」
向かいの椅子に座った有希を見て、伸は微笑む。
「大丈夫だよ。この数ヶ月の間に気持ちの整理はついている。それに、あそこで働いていたときの俺は、ずっと孤独だったけど、今はユウがいてくれるから」
有希も、えへへと笑う。
「どうしても懐かしくなったら、二人でこっそり入り込んじゃおう」
フォレストランドの跡地は、今のところ買い手がつかず、当分の間はそのまま放置されるらしい。
「入れるかな」
「入れるよ。塀を乗り越えちゃうとか」
伸は頬杖をつき、にこにこしながら有希の顔を見つめている。
有希は、その顔を見つめ返しながら言った。
「伸くんって、ハンサムだよね」
伸が笑う。
「なんだよ急に」
「だって、本当にそう思うから。今まで、本当に一度も告白されたこととかなかったの?」
「ないよ」
「バレンタインデーとか」
「義理チョコならもらったよ。ウェイトレスの子たちがお金を出し合って、男性従業員みんなにくれた」
有希は、口を尖らせる。
「そういうことじゃなくて」
「わかってるよ。でも、俺みたいな地味な中年男、誰も興味ないだろ」
「そんなことないって。僕は伸くんのこと、すごく素敵だと思うけど。清潔感があるのに、すごくセクシーで……」
伸が、ミネラルウォーターを一口飲んで言う。
「そんなことを言ってくれるのは、ユウだけだよ」
「でもよかった」
「うん?」
「僕が出会う前に、伸くんを誰かに取られなくて」
伸はおかしそうに笑っているが、すべて有希の本心だ。神様が、有希と出会うときまで、伸が誰の目にも留まらないように隠していてくれたのか、あるいは、行彦のことだけを思い、心を閉ざしていた伸は、一見穏やかそうながら、近寄りがたいオーラを発していたのかもしれない。
どちらにしても、今もこれからも、伸は自分だけのものだ。有希は、伸の目を見つめながら言った。
「お風呂、沸かしてあるけど、一緒に入る?」
伸も、有希の目を見つめ返しながら言った。
「いいね」
淫らな行為にふけり、長い時間をバスルームで過ごし、ようやくパジャマを着てベッドに入る頃には、夜が明けかけていた。今日は日曜日で、伸はもう出勤しないので、一日中一緒にいられる。
もしかすると、数時間後には、また愛を交わし合うかもしれない。有希は幸せを噛みしめながら、伸の肩に頬を寄せる。
伸もまた、有希の髪に顔をうずめながら言った。
「四月には、ユウも大学生だね」
「うん」
「ユウは将来、何になりたいの?」
有希は、首をひねる。
「それが、よくわからないんだ。昔は漠然と、ママの仕事を手伝いたいと思っていたけど……」
「今は違うの?」
「う~ん。なんだか大変そうだし」
伸がふふっと笑い、温かい息が髪にかかる。
「まだ時間はたっぷりあるから、ゆっくり考えればいいよ」
「うん。でも、やりたいことはあるよ」
「そうなの?」
有希は姿勢を変えて、伸の顔を見る。
「前から思っていたんだけど、出来れば、なるべく早いうちに伸くんと一緒に住み始めたい」
「え……」
「あと、少しは料理も覚えたいし、それから、潤子さんと一緒に出かけたりもしたいな」
伸は、ぽかんとした顔で有希を見たまま、何も言わない。
「あれ。伸くんは、僕と一緒に暮らすの、嫌?」
ずいぶん間が空いてから、ようやく伸が言った。
「そんなことはないよ。すごくうれしい」
有希は、伸の腕を掴んで、揺すりながら言う。
「だったら、もっとうれしそうにしてよ」
「あぁ」
そう言いながら伸は、まだぼんやりしている。
「ねぇ、伸くんったら」
伸が、つかんだ有希の手に触れて言う。
「それって、つまり、いわゆる結婚っていうか……」




