120,浮かない顔の伸と事実上の採用試験とパークレストラン
「もちろん、気が進まないなら断ってかまわないんだよ。ママもそう言っていたし」
「いや。すごくありがたい話だけど……」
有希はあわてて言う。
「やっぱりやめておく?」
とてもいい話だと思うし、本音を言えば、受けてくれればうれしいが、伸に無理をしてほしくない。すると、伸が言った。
「そうじゃなくて、俺なんかでいいのかなと思って」
有希は、身を乗り出しながら言った。
「いいに決まってるよ!」
だが伸は、まだ浮かない顔をしている。
「でも、俺がいつも作っているのはハンバーガーとかお子様ランチばっかりで、ダイニングバーなんて自信がないよ」
なんだ、そんなことかと思う。
「伸くんが作ったハンバーガー、すごくおいしかったよ。それに、いつも僕に作ってくれるビーフシチューとかパスタとか、本格的だし、見た目もきれいだし。
あのね、いつも伸くんの料理の写真を撮っているでしょ? あれ、ママに見せたら、センスがあるって言っていたよ」
「えっ、見せたの?」
「そうだよ」
伸は、開店時間前のナイトクラブの厨房で料理を作り、有希の母と、ダイニングバーの店長となる人に披露することになった。事実上の採用試験だ。
有希は、自分も同席したいと母に言ったのだが、遊びではないのだからと断られてしまった。もちろん、遊びだなんて思っていないし、伸のそばにいて力づけたいと思ったのだが、母にそう言われたのでは仕方がない。
有希がいることで、伸の気が散ってもいけないし、自分がどこにいようが、伸は素晴らしい料理を作ることだろう。伸の料理がどんなにおいしいか、伸の料理を数えきれないくらい食べて来た有希が一番よく知っている。
部屋で、じりじりしながら待っていると、スマートフォンに着信があった。伸からだ。
有希は、飛びつくように電話に出る。
「もしもし、伸くん? どうだった?」
伸ならば大丈夫に決まっているが、それでもドキドキして手が震える。伸が言った。
「採用してもらえることになったよ」
「伸くん。おめでとう!」
やった。大丈夫に決まっていると思っていたくせに、うれしいのとほっとしたのとで、涙が込み上げる。
電話の向こうで、伸が言った。
「ありがとう。ユウのおかげだよ」
「そんな……。僕はなんにもしてないよ」
「いや。ユウがいてくれたから頑張れたんだ。それに、ユウがいたから、この話ももらえたし」
「伸くん……。僕も、すごくうれしいよ」
涙がぽろぽろとこぼれる。今日くらいは、伸に泣いていることを気づかれないようにしたいと思うが、うまく行くだろうか……。
フォレストランドの閉園が間近に迫った休日のある日、有希は、母とともにパークレストランを訪れた。
「いらっしゃいませ。……あら」
ウェイトレスの沙也加が、有希に気づいて微笑み、母にも頭を下げる。有希は言った。
「閉園するって聞いて、今日は料理を食べに来ました」
「そうなの。今、安藤主任を呼んで来ますね」
沙也加は、当たり前のようにそう言って、奥に入って行く。伸と有希の関係を知っているはずもないが、多分、以前にも、母と二人で伸を訪ねて来ているせいだろう。
有希自身は、そのときの記憶はないのだが。
やがて、ユニフォーム姿の伸がやって来た。有希に笑顔を向けてから、母に深々と頭を下げる。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
母も、微笑みながら言う。
「ここでの安藤さんの料理も、是非いただきたいと思って。有希もすすめるものですから」
「いつか食べたハンバーガー、すごくおいしかったよ。でも、今日は別のものも食べたいな。ママはどうする?」
メニュー表を見ながら、ああでもないこうでもないと言っていると、再び沙也加がやって来て、伸に、小声で何か言った。
「それじゃ、仕事に戻りますので、ごゆっくりどうぞ」
そう言って、伸は厨房に戻って行った。後に残った沙也加が言う。
「ご注文はお決まりですか?」




