119,より強くなった絆と「安藤さんにお話ししたいこと」と無理矢理体を引きはがすこと
あまりにもうれしくて、有希は、子供のように声を上げて泣いた。仕方がないと我慢していたけれど、本当は、ずっとそう言ってもらいたいと思っていたのだ。
いつまでもしゃくり上げていると、伸が心配そうに言った。
「ユウ。大丈夫? そろそろ出ないと遅刻するよ。フレンチトーストも、まだ少ししか食べていないし」
そしてまた、タオルを持って来てくれる。そのタオルを顔に当てながら、有希は切れ切れに言った。
「胸がいっぱいで、もう、食べられない。こんなんじゃ、学校にも、行けない……」
「それは困るよ。ユウ。お願いだから、もう泣かないで」
伸がおろおろしている。有希は泣きながら思う。あぁ、幸せだ……。
有希も伸も、二人の大切な記憶を失ってしまった。そのせいで、とても辛い思いをしたけれど、結局、二人の絆はより強くなった。
これは、二人の愛を確かめるための神様の試練だったのか、あるいは、ただの気まぐれないたずらなのだろうか。二人の周りで起こった数々の出来事は、常識では考えられないことばかりだし、そもそも意味などないのかもしれない。
ただ、この先もまた、どんなことが起こったとしても、必ず乗り越えられると有希は確信している。何があっても、伸を思う気持ちは決して変わらない。
やがて冬が来て、幸せなクリスマスを過ごし、年が明けた。相変わらず、有希は伸のことが好きでたまらないし、二人の仲は、とてもうまく行っている。
そして、フォレストランドの閉園とともに、伸が長年働いて来たレストランの営業終了が近づいていた。伸の寂しさを少しでも和らげようと、有希は、いつも以上に身も心も伸に寄り添っている。
そんなある日のことだ。
その日、母は仕事が休みで、久しぶりに一緒に夕食を取っていた。二人で水炊きの鍋を囲んでいる。
「コラーゲンがたっぷりで肌にいいのよ」
美容に気を遣っている母らしいセリフだが、食べる前から、化粧をしていない母の肌は十分に美しく、若々しいと思う。ありがたいことに、有希も、母の肌質を受け継いでいる。
母は、鍋をつつきながら、ワインを飲んでいる。母の体質を受け継いでいるならば、多分、有希もアルコールには強いはずだ。
二十歳になったら、伸と一緒に飲みたい。そして、伸が酔ってしまったら、優しく介抱してあげたい。
食べながら、そんなことを考えていると、鍋の向こうで母が言った。
「そう言えば、安藤さんの就職先は決まったの?」
有希は現実に戻って言う。
「それが、まだなんだ。レストランが閉店してから考えるって言って。しばらくのんびり出来るくらいの貯金はあるって言っていたけど……」
だが有希は、閉店した後、伸が落ち込んでしまうのではないかと、少し心配だ。先のことが決まっていたほうが、意欲が湧いてポジティブになれるのではないかと思うのだが。
すると、母が思いがけないことを言った。
「それなら、安藤さんにお話ししたいことがあるんだけど」
伸の部屋を訪れた有希は、いつものように熱いキスを交わしている途中で、ふと我に返り、無理矢理体を引きはがした。伸が不思議そうに見つめる。
有希は、体の火照りを冷ますように、ふぅとため息をついてから言った。
「忘れるところだったよ。今日は大事な話があるんだった」
「大事な話?」
「そう。ねぇ、そっちに行こう」
テーブルにうながすと、伸が言った。
「じゃあ、コーヒーを淹れるよ。チーズケーキがあるけど、食べる?」
「うん」
コーヒーを淹れた伸がテーブルに着いたところで、有希は話し始めた。
「今日はママからの伝言があるんだ。あのね、春から、新しくダイニングバーを始めるんだって。
それで、もしよかったら、そこで料理人として働かないかって。一応、料理を作ってもらって、それを見て採用するかどうか決めるって言っていたけど、どう?」
「え……」
伸は、驚いたように有希の顔を見つめる。




