115,胸にかすかな灯りがともることとメッセージを送ることと穏やかな笑顔
有希は、鞄の中からスマートフォンを取り出した。画像を表示し、伸に差し出す。
「これを見て。ここに、伸くんと僕の思い出がたくさん詰まっているから」
スマートフォンを受け取った伸は、ゆっくりとスワイプしながら、画像を見始めた。そこには、今まで二人で撮った様々な写真が大量にある。
ツーショットや、お互いに送り合った自撮り、温泉に行ったときに撮ったもの。中には、伸が眠っているときにこっそり撮ったものや、少々セクシーなものもあるが、この際、見られてもかまわない。
スマートフォンの画面に目を落としている伸に、有希は話しかける。
「それから、二人でやり取りしたメッセージの履歴も残っているから、後で見て。伸くんのスマホでもいいし。
それを見てもらえば、二人の関係がわかってもらえるはずだから」
それに、部屋に戻れば、お揃いの部屋着や有希のシャンプーもある。それらすべてが、二人が愛し合っていることを証明してくれるはずだ。
やがて、すべての画像を見終わった伸が、顔を上げて、こちらを見た。
「俺たちが恋人同士だっていうことは、よくわかったよ。ただ、正直なところ、戸惑っている。
なんで、こんな大切なことをすべて忘れてしまったのか……」
その言葉に、有希の胸にかすかな灯りがともる。何げなく言っただけかもしれないが、伸は今、二人のことを「大切なこと」だと言った。
伸には、二人の関係を否定するつもりも、有希を拒絶するつもりもないらしい。
さらに伸は言う。
「君は、行彦のことを知っているんだね。俺が話したのかな。それに……」
「それに、何? なんでも僕に聞いて」
伸が、わずかに首を傾げながら言う。
「君は、行彦に瓜二つだ」
有希は言った。
「そのことなら説明するよ。伸くんが疑問に思うことや忘れちゃったことは、これから、僕が全部説明する。
ねぇ、それでいい?」
伸がうなずいた。有希は、思わず微笑む。
「よかった!」
伸の病状は、彼が高校生のときのように深刻なことにはならず、数日後には退院することが出来た。
有希が思うに、伸のストレスの原因は、二人が出会ってから一年が近づき、また以前のように辛い出来事が起こるのではないかという不安だった。だが、すでにそれは、伸が倒れ、一部の記憶を失うという形で起こり、それと同時に、伸はストレスがあったことさえ忘れてしまった。
つまり、伸の体調不良の原因は、すべて消え去ったということだ。
伸が退院した夜、有希はメッセージを送った。
――退院おめでとう。っていうほど長い入院じゃなかったけど。体調は、もうすっかりいいの?
すぐに返信が来た。いつもの伸らしい文面だ。
――ありがとう。体調はバッチリだよ。明日から仕事に行く。
――よかった。明日の夕方、部屋に行ってもいい? いつもそうしていたんだけど。
少しドキドキしながら待っていると、返信が来た。
――もちろん。待っているよ。
よかった。有希は胸を撫で下ろしながらメッセージを打つ。
――じゃあ、明日。おやすみなさい。
翌日、部屋に行くと、伸は、今までと同じように、穏やかな笑顔で迎えてくれた。それだけで、有希は泣きそうになってしまう。
「さぁ。上がって」
いつもならば、有希は、すぐに伸に抱きついて甘えるのだが、さすがにそういう気持ちにはなれない。伸は、いつものようにコーヒーを淹れ始め、それだけを見ていると、とても自分との記憶を失っているとは思えない。
テーブルに着いて待っていると、やがて伸は、香りのいい湯気が立つカップを目の前に置いてくれた。伸も、向かい側の椅子に座る。
「どうぞ」
そう言いながら、伸はカップを口に運ぶ。有希も一口飲む。カップを置いて、伸が言った。
「病院で君に言われた通りに、あの後、自分のスマホの中の画像やメッセージの履歴を見たよ。この部屋に戻って来たら、君のものやお揃いのパジャマなんかもあって、俺たちが、どれほど仲睦まじく過ごしていたか、よくわかった」




