112,優しく慰めてあげることと潤子からの電話と伸が救急搬送されたこと
確かに、それはそうだ。有希も、今ではすべて受け入れているけれど、自分がかつての伸の恋人の生まれ変わりだとか、それよりも、そもそも伸の恋人がこの世の人ではなかったとか、自分以外の誰かの話だったならば、はなから信じられるはずもないし、心療内科の受診をすすめるかもしれないレベルだ。
だが今では、それらの出来事が、紛れもない事実だと知っているし、事実である以上、次にどんなことが起こっても不思議ではないと思う。
有希がそう思うのだから、伸は、なおさらそうだろう。
だが、有希は言った。
「でもさ、行彦の思いは遂げられたわけだし、今も多分、彼は僕の中にいる。僕たちはとてもうまく行っているし、なんの不都合もないでしょう?
だったら、何かが起こる必然性もないと思うけどなぁ」
伸が、有希の体をそっと抱き寄せた。
「そうだね。俺はくよくよし過ぎだな。いい年をして」
「だから、年なんて関係ないよ。僕の前ではくよくよして、いっぱい弱音を吐いて。そうしたら、僕がうんと優しく慰めてあげるから」
伸が、有希の耳に唇を寄せて言った。
「どんなふうに?」
「知りたい?」
「うん」
「じゃあ、特別に教えてあげる。こんなふうにするんだよ」
有希は、掛布団を勢いよく引きはがし、向かい合うようにして伸の膝にまたがった。この期に及んで伸が言う。
「明日の授業に差し支えるよ」
「自分で聞いておいて、何を今さら……」
有希はキスをしながら、伸のパジャマの中に手を入れ、背中をまさぐりながら思う。もしも何も起こらなかったら、一周年のお祝いをしよう……。
悪いことなんて、何も起こるはずがない。そう思っていたのだが、伸は、有希が思っている以上に気に病んでいたのかもしれない。
その電話は、潤子からだった。学校から帰って来て着替えたところで、伸にメッセージを送ろうと、ちょうど鞄からスマートフォンを取り出したところにかかって来たのだ。
スマートフォンの画面に潤子の名前が表示されているのを見た時点で、ただならぬものを感じ、急いで電話に出る。潤子は、申し訳なさそうに言った。
「有希くん? 突然ごめんなさいね。実は今、病院にいるんだけど」
「え?」
有希は、家を飛び出し、駅へ向かう。駅前から、タクシーで病院に向かうつもりだ。
伸が仕事中に倒れて救急搬送され、中本から連絡を受けた潤子も、病院に駆けつけたのだという。以前にも伸は、怪我をして病院に運ばれたことがあったが、今度は事情が違うようだ。
ここのところ、伸は元気がなかったし、不安を口にしてもいたが、そのことと関係があるのか、あるいは、体のどこかに悪いところがあるのだろうか……。
病室に着くと、ベッドのそばに座っていた潤子が、有希に気づいて立ち上がった。有希は、すぐにでも横たわる伸のそばに行きたかったが、潤子にうながされ、再び廊下に出る。
「あっちで話しましょう」
潤子について、廊下の先の休憩所に行き、長椅子に並んで座る。見つめる有希に、潤子が説明してくれた。
「さっきまで中本さんがいらしたのよ。救急車に一緒に乗って来てくれたんですって」
「それで、伸くんは?」
「えぇ。最近、伸は疲れた様子だったらしくて、中本さんも気になっていたようだけど、仕事はいつも通りにこなしていたそうよ。
それが今日、厨房でふらついて、気分が悪いってうずくまったかと思うと、そのまま倒れて意識を失ったんですって。ただ事ではないと思って、すぐに救急車を呼んだそうよ」
そんなことが……。
「僕も、少し痩せたみたいだと思っていました。それで、伸くんの具合はどうなんですか?」
「お医者様は、過労でしょうって。でも……」
有希はじれる。
「でも、なんですか?」
「あの子、昔も同じようなことがあって。高校生のときにも体調を崩して入院したことがあるのよ」
それならば、有希も伸から聞いている。伸が行彦と出会い、愛し合っていた頃のことだ。




