110,伸に甘えられるのがたまらなく好きなことと浴衣と下着を脱ぎ捨てること
有希は、あんこの入った小さな餅菓子を口に放り込む。
「ん。おいしい。伸くんは自分のことをおじさんって言うけどさ、そう思っているのは伸くんだけで、全然そんなふうに見えないんだから」
「そうかな」
「そうだよ。ねぇ、これおいしいよ。伸くんも食べなってば」
「うん」
ようやく、伸も菓子に手を伸ばした。
「あぁ。もう駄目だ」
そう言うなり、伸は畳の上にごろりと横たわってしまった。いつも酒を飲まない伸が、今日の夕食は、せっかくだからとビールを飲んだのだ
。
少し苦しげな顔の頬の辺りがほんのり赤らんでいるのも、ビール一本でつぶれてしまうのもかわいいと思うが、少し残念でもある。特別な夜なのだから、もっとたくさん話したり、いちゃいちゃしたりしたかったのに。
浴衣がはだけ、あらわになった胸元がセクシーだ。
「伸くん、露天風呂は?」
「うん。後で……」
豪華な部屋には、内風呂のほかに、そこから直接出られる部屋専用の露天風呂があるのだ。夕食前に一緒に内風呂に入り、そこでしっかり愛し合ったのだが、後でまた、露天風呂に入ろうと約束していた。
だが、伸がこんな状態では仕方がない。有希は、ため息をついて言った。
「伸くん、寝るなら布団で寝たら?」
「うん……」
ふすまを隔てた隣の部屋には、すでに布団が敷かれている。
「ほら、起きて」
「うん……」
返事ばかりで動かない伸の肩に手をかけて、起き上がらせる。
「あぁ、ごめん」
そう言いながら、伸はしなだれかかって来た。
「伸くん」
「一人じゃ立ち上がれない。布団まで連れて行って」
「もう。甘えん坊だね」
口ではそう言いながら、本当は、まんざらでもない。最近、自覚したのだが、有希は、伸に甘えられるのが、たまらなく好きなのだ。
伸の腕を肩にかけ、体を支えながら隣の部屋に行き、二人して絡まり合うように布団の上に崩れ落ちた。一瞬、伸に組み敷かれてこのまま……などと思ったのだが、伸は本当に酔っているようで、うずくまったまま動かない。
二組の布団の、伸が倒れていないほうの掛布団をめくって有希は言った。
「伸くん。ほら、こっち。ちゃんと布団に入って寝なくちゃ」
「うん……」
伸は、這いずるように横の布団に移動する。浴衣は、もうほとんど脱げてしまっている。
「しょうがないなぁ……」
浴衣の襟元と裾を整えてやってから掛布団をかけ、そっと顔をのぞくと、伸は、早くもすーすーと寝息を立てている。
有希も隣の布団に入り、横を向いて伸の寝顔を眺める。酔った伸を初めて見たし、さっきの伸はかわいかったし、これはこれで特別だ。
一緒に露天風呂に入りながら夜空を眺めたかったが、早朝の澄み切った空気の中で入る露天風呂も素敵かもしれない。そんなことを考えているうちに、有希もいつしか眠ってしまった。
どのくらい時間が経ったのか、ふと目を覚ますと、伸が畳の上にあぐらをかいて、ペットボトルの水を飲んでいる。有希が動く気配にこちらを見た。
「ユウ。起きた?」
有希は、目をこすりながら答える。
「うん……」
「さっきはごめん」
「うぅん。もう酔いは醒めた?」
「あぁ、すっかり。水がうまい」
「僕も喉乾いた」
そう言うと、伸が飲みかけのペットボトルをこちらに差し出した。
布団の上で起き上がり、ペットボトルを受け取って、ごくごくと一気に飲み干す。
「はぁ……」
冷たい水を飲んで、すっかり目が覚めた。伸が、そんな有希を見てにこにこしながら言う。
「さっきの約束だけど」
「あぁ、露天風呂?」
「まだ入る気ある?」
「ある!」
有希は飛び起きると、その場で浴衣と下着を脱ぎ捨てた。伸が苦笑しているが、かまわず風呂場に向かう。
「伸くんも早く!」
「わぁ、きれい」
屋外に出て空を見上げると、美しい満月が中天に浮かんでいる。後から出て来た伸も、顔を上に向け、月を見つめている。




