103,お見舞いと抱きついたまま話したことと視線をそらしながら尋ねたこと
有希は小声で言った。
「入院されたって聞いて、お見舞いっていうか、謝らなくちゃと思って……」
それから、途中で買って来たフルーツゼリーの詰め合わせを、紙袋から出して差し出す。
「これ、よかったら」
「まぁ。そんな……」
詰め合わせを受け取りながら、伸の母は驚いた顔をしている。まさか有希がやって来るとは思っていなかったのだろう。
「伸くんには、行かなくていいって言われたんですけど、どうしても気がすまなくて、僕が勝手に来たんです。
いつも勝手ですいません。えぇと……僕の顔なんか見たら余計に具合が悪くなっちゃうかもしれないけど、一言謝りたくて」
伸の母が、不思議そうに言う。
「謝るって?」
「僕がいろいろ言ったことで、お母さんを嫌な気分にさせてしまったと思うし、えぇと、それで具合が悪くなったんじゃないかと思って」
そして、頭を下げながら言う。
「すいませんでした」
「そんな、謝らないで。あなたのせいで具合が悪くなったわけじゃないし、もちろん伸のせいでもないわ。
それに、たいしたことないの。岩沢さん、あぁ、お店の常連さんで、お友達でもある近所の人が心配して、車で病院に連れて来てくれたんだけど、ちょっと疲れて立ち眩みがしただけなのよ」
伸の母は微笑んでくれたが、有希は言う。
「でも、血圧が高くて、ストレスのせいかもしれないって聞きました。それに、入院するってことは……」
伸の母が、静かな眼差しで有希を見つめる。その目は、伸とよく似ている。
「あなたたち、本当に仲がいいのね」
「あっ、お母さんの話を聞いたことですか? それは、たまたま電話をする機会があったから……」
また余計なことを言ってしまったかと、有希は動揺する。だが、彼女は言った。
「いいのよ。それはもちろん、あなたたちの話を聞いたときは驚いたけど、それとこれとは関係ないの。
体調を崩したのは、疲れがたまっていたのと、多分、年のせいよ。それに、もう明日か明後日には退院するの」
「はぁ……」
「心配してくれてありがとう。お見舞いまでいただいちゃって」
そう言って、伸の母は、膝の上のフルーツゼリーの箱を掲げて見せた。
「あっ、いえ。お大事になさってください。
あの、いつかお店で食べたオムカレー、すごくおいしかったです。伸くんは、お母さんのビーフシチューが大好きだって……」
言ってしまってから、また余計なことを言った気がして、有希は、口に手を当てた。伸の母が言った。
「今度、食べにいらして」
「あ……はい」
病院を出た後、有希は、そのまま伸の部屋に向かった。昨日会えなかった代わりに、今日会う約束をしているのだ。
迎えてくれた伸に抱きついたまま、病院でのことを一気に話した。伸はいつでも、どんなことでも、有希の話を、ちゃんと最後まで聞いてくれる。
「そうか……」
有希は、伸の顔を見上げる。
「ねぇ。『食べにいらして』ってことは、また行ってもいいってことでしょ? てことは、二人のこと、認めてくれたって思ってもいいの?」
伸は、有希の後頭部を撫でながら、考え込むように言う。
「そういうことになるのかなぁ……」
「だって、嫌だったら、また来てもいいなんて言わないよね」
「そうだ」と言ってもらいたくて、じっとその目を見つめていると、伸が、ふっと笑った。
「そうだね。ユウの真っ直ぐな気持ちが伝わったのかな」
「……うれしい!」
有希は、伸の体に回した腕に、ぎゅっと力を込める。
「伸くんって、お母さん似だね」
「えっ、そうかな」
「そうだよ。目元とか、静かな話し方とか、それに、すごく優しいところ」
有希は、伸び上がってキスをしようとして、唇が触れる寸前で、あることを思いついて動きを止めた。
伸が、不思議そうな顔で有希を見下ろす。
有希は、伸から体を離し、視線をそらしながら尋ねる。
「伸くんはさ、僕のこと、淫乱だと思う?」
伸が、面食らったように言う。
「なっ……。いきなり何を言い出すんだよ」




