102,ケーキと伸からの電話と思わずベッドの上で正座をする有希
がっかりして、真っ直ぐ家に帰ろうかと思ったのだが、思い直して、洋菓子店に行き、自分のぶんと、母へのお土産にケーキを買って帰った。
自分はいつも、伸のことで頭がいっぱいだが、そうしていられるのは、理解ある母のおかげでもある。たまには母にも感謝の気持ちを示さなくては。
あの日以来、伸の母から連絡はないらしく、伸は口には出さないが、とても気にしているようだ。やはり、自分の息子がゲイであるということは、簡単に受け入れられることではないのだろう。
いつものように、一人で夕食を取り、後片づけをしてから、紙にメッセージを書いてテーブルに置く。
「ママへ。冷蔵庫にケーキが入ってるから食べてね。僕からのプレゼントだよ。有希」
美容に気を遣っている母は、夜更けにケーキなど食べないかもしれないが、きっと喜んでくれるだろう。
その後、シャワーを浴びて、パジャマに着替えてベッドに入り、伸のことを考えていると、枕元で、ようやくスマートフォンが着信を告げた。
有希は、スマートフォンを手に取る。
「もしもし、伸くん?」
「あぁ。遅くなってごめん」
「うぅん。大丈夫だよ。今までお仕事だったの?」
だが伸は、思いがけないことを言った。
「いや。さっきまで病院にいたんだ」
「えっ?」
伸の身に、また何かあったのだろうか。一瞬そう思ったのだが、伸は、さらに続ける。
「母が入院してね。たいしたことはないんだけど」
「えっ!?」
有希は、思わずベッドの上で正座をする。
伸の話によれば、伸の母は、カフェの営業中に倒れたのだという。意識はあったようだが、店に居合わせた常連客でもある近所の人が、心配して病院に連れて行ったところ、大事を取って入院することになったのだと。
「その人が、レストランに電話をくれてね。母に俺の番号を聞こうとしたら、知らせなくていいって言って、教えてくれなかったからって」
きっと伸に心配をかけたくなかったのだろう。
「それで、お母さんの具合は?」
「ただの過労だけど、血圧が高いって」
それから、声のトーンが落ちた。
「ストレスのせいもあるかもしれないって言われた。やっぱり俺のせいかな……」
つまり、カミングアウトしたことか。有希は言う。
「そんな。それを言うなら、僕のせいでもあるよ。考えてみたら、いきなりいろんなことを言い過ぎて、お母さんをびっくりさせちゃって、よくなかったかもしれない」
伸の母に説明するつもりが、心ならずも最後は、彼女の前で、伸とお互いに対する気持ちを語り合うことになってしまった。息子がゲイだと知っただけでも十分にショックなところを、あれでは刺激が強すぎたのではないか。
伸が、しょんぼりした声で言った。
「それは、俺も同じだよ」
「伸くん、ごめん」
「ユウのせいじゃないよ」
どれだけ伸のことを愛しているかを話せば、きっとわかってもらえるなどと思っていた自分は、なんと傲慢だったのかと思う。ただ自分の気持ちを押しつけているだけで、それによって相手がどう思うかなど、まったく考えていなかった。
目の前で、自分の息子が同性の恋人と睦言を交わすのを聞いてうれしい母親など、どこにいるというのだ。そんなことにも考えが及ばない自分は、本当に馬鹿だった。
有希が一緒に話をすると言ったことを、伸が喜んでくれたので、有頂天になっていたのだ。そのせいで、伸の母だけでなく、伸にも悲しい思いをさせることになってしまった。
「あの……」
有希がおずおずと入って行くと、四人部屋の、入ってすぐのベッドに横になっていた伸の母は、驚いたように上体を起こした。翌日の放課後のことだ。
伸に無理を言って、病院と病室の部屋番号を聞き出し、やって来たのだ。窓際のベッドでは、白髪の老婦人が目を閉じて横たわっているが、他のベッドの人たちは、今は出払っているようだ。




