ss:リアの冒険
「じゃあ、リア。いい子にしてるんだよ?」
「うん」
フレイお姉ちゃんが皆のお手伝いをしたいらしい。
それで、その間私はこの部屋で一人でお留守番をすることになった。
一人でいるのは寂しいけれど……仕方ないよね……。
「リア、あれだったら遊び相手用意しようか?」
「遊び?」
リナちゃんがそう提案してくれた。
人でいることばかり考えていたので、その提案はとても嬉しかった。
フレイお姉ちゃんを連れていく代わりに、誰かがここに来るらしい。
誰かな誰かな…怖い人じゃないといいな……。
ベッドの上でゴロゴロしながら待っていると、部屋の扉が開いた。
「……何で俺がこんな目に」
部屋に来たのは、アカメお兄ちゃんと喧嘩をしていたアルマと呼ばれていた男の子だ。
不機嫌さを隠そうともせず、露骨にしかめた顔で入ってくる。
……ちょっと怖い人。
アルマくんは私に目を向け、首を傾げる。
「それで、遊びって何したいんだ?」
「え……えっと……あの……」
咄嗟に言われては何も思いつかないのと、変なこと言ったら怒られるかもしれないという思いから、言葉を出せずどもってしまう。
一向に言い出そうとしない私を見かね、アルマくんが口を開いた。
「……ついてこい」
「……え?」
「遊びたいんだろ?ほら、行くぞ」
「えいっ!」
「おぉ、いいじゃんその調子」
今、私は広いところでボールを投げて遊んでいます。
私が力いっぱいボールを投げて、アルマくんがキャッチして転がしてくれる運動。
「身体を動かすのが一番だろ」と言って始めてくれたけど、思いのほか楽しい!
今までこんなことさせて貰えなかったから、とっても楽しい!
どんなボールでも拾ってくれるからいつの間にかはしゃいでしまい、あらぬ方向にボールが飛んで行ってしまう。
「あっ……」
咄嗟に謝ろうとして、その前に必要がなくなった。
一瞬でその位置まで移動したアルマくんが、涼しい顔でボールを受け止めたからだ。
「元気がいいな、その調子だ」
「……すごい」
思わずそんな言葉が零れる。
ピクッと反応したアルマくんが、恥ずかしそうな、それでいて満更でもなさそうな表情を浮かべ顔を背ける。
「ま、まぁな。これでもアカメの師匠やってんだ」
「お兄ちゃんの、ししょう?」
師匠が分からず説明して貰ったが、お兄ちゃんはアルマくんに教えて貰っているらしい。
おかしい。じゃあ仲がいいはずなのに、何であんな喧嘩していたのだろう。
「でも、お兄ちゃんとけんかしてた!」
「あぁ……あれはな、そういうもんだ。ニコニコするだけが良い人間関係じゃねぇんだよ」
何か難しいこと言ってる……その内分かるで流されたし……。
だけど、お兄ちゃんのことを喋っている時のアルマくんはどこか嬉しそうで、怖くなかった。
「ほら、いいから。ボール投げろ」
「う、うん!えいっ!」
もう一回力いっぱいボールを投げると、力の入り方がおかしくてボールがどこか行ってしまった。
どこ……?と探していると、上からボールが振って来て顔にぶつかってしまう。
どうやら上に投げちゃったらしい。
「っおい!大丈夫か!」
アルマくんが血相を変えて近づいてくる。
遅れて、鼻から温かいものが垂れていることに気付いた。
どうやら鼻血が出てしまったらしい。
奴隷だった時は、出ても何もしてくれなかったから特に意識していなかった。
「だいじょ…」
「ダメだ!ちゃんと対処しろ全く……」
アルマくんはティッシュを取り出して私の鼻を塞いだ後、懐の白いハンカチで顔や手に付いた血を拭いてくれた。
口調はぶっきらぼうだけど、その顔は心配そうに私を見つめていて、とても温かさを感じた。
「よし、上向くなよ。血が奥に流れるだけだからな」
「……ありがと、あるま」
「……あ?」
気づいたら呼び捨てになっていた。
分からないけど、優しくて……お兄ちゃんとも違うけど、仲良くなりたかった。
そうして幼子ながらに出てきた発想が呼び捨てである。
一瞬やってしまったと、怒られると思っていたが、アルマはちょっと不満そうな顔をするだけであった。
「……さんをつけろ、さんを。それにしてもどうするか、もう運動はやめといた方がいいだろうしなぁ」
「…むぅ」
せっかく楽しかったのに……自分が悪いけど、ちょっと悔しい。
そんな私を見かねて、アルマは何か思いつく。
「そうだ、いいとこ連れてってやるよ」
「いいとこ?」
「で、ここに来たんですか?アルマくん?」
「そういうこと、頼むよシア」
アルマが連れてきたのはシアの厨房。
温かい色味の家具に何かが焼ける音と香ばしくて甘い香りが広がる、とても心地いい場所であった。
シアさんが私の前でかがむ。
「貴方がリアちゃんですね。私はシア、よろしくね」
「シアちゃん、えへへ…」
何だか雰囲気が柔らかくて、とっても可愛い女の子だった。
ちょっと、憧れる。
「……おい、何で俺だけ呼び捨てなんだ」
横からアルマが不満そうな声を漏らす。
「アルマくん、呼び捨てにされてるんですか?」
「……あぁ、舐められているのかもしれない」
「もう、信用されてるってことでいいじゃないですか」
相変わらずなアルマの物言いにシアはため息をつく。
もう少し素直になればいいのに、と。
「いや、舐められてるね。チビだし」
「あぁ?」
横から、突然聞こえてきた声に驚き振り向く。
そこには、アルマとアカメお兄ちゃんが喧嘩している時に近くにいた男の人がいた。
「……リヒト、喧嘩売ってんのか?」
「いや、別に。本当のことを言っただけだけど?」
「よし表出ろ。久々に灸を据えてやる」
「前に灸を据えてあげたのは僕だけどね?」
「何百年前の話してんだ!シアそこのチビ頼んだぞ!」
「えっ、アルマくん⁉」
アルマはリヒトと呼ばれた男の人を連れて行ってしまった。
残されたのはシアちゃんと、その後ろに隠れた私だけ。
「……怖かった?」
「……リヒトさん」
「そっかぁ、悪い人ではないんだけどね」
全く、男の子は……と言いながらシアちゃんは私の頭を撫でてくれた。
悪い人ではないのは分かるけど……なんか苦手。
シアちゃんが私の前で両手を合わせた。
「気を取り直して、お菓子食べよっか」
「おかし?」
聞いたことのない言葉に首をかしげる。
シアちゃんは「できたかなぁ?」と言いながらオーブンの方へ向かう。
そして、ミトンをしてオーブンから何かを取り出した。
「うん、出来てる」
「わぁ…」
それは、とってもいい香りのする丸いものだった。
一枚一枚がとても綺麗で、見ているだけでも楽しい。
「これなに⁉」
「クッキーって言うんだよ」
シアちゃんは何枚か見繕って、私の目の前のお皿に置いてくれる。
「食べてみて」
「うん!……ッ‼」
あまりの美味しさに言葉が出てこない。
ただ美味しいということだけは伝えたいので大きな身振りで必死に伝える。
「ん~!ん~~‼」
「ふふっ、美味しかった?よかったぁ」
シアちゃんは、もう数枚載せてくれる。
私は感動して、無我夢中で目の前のお皿に載っているクッキーを頬張った。
これが…おかし‼
リアの中で革命が起きた瞬間であった。
あっという間に食べ終え、いつの間にかシアちゃんが用意してくれた冷たいお茶で一息つく。
「おいしかったぁ……」
「食べてくれてありがとう、私も嬉しい」
食べてくれてありがとう……そういうものなのだろうか。
だけど、シアちゃんは嬉しそうだし……私にも分かる時がくるのかな?
「じゃあ、シアちゃん。お菓子を食べてくれた貴方にお手伝いをお願いします」
「っはい!」
シアちゃんは、私にクッキーの載ったお皿を手渡してくる。
食べたばかりなのに…もう食べたい。
「もうすぐベル様が帰ってくるの。一緒にこれを持っていこ?」
「べるさま?」
「この屋敷の主様だよ。とっても優しい方だから大丈夫」
ちょっと怖いけど……シアちゃんがそういうなら大丈夫だよね。
私はやる気を出し、シアちゃんの後をお皿を持ってついていった。
「ベル様、お帰りなさいませ」
「シアか、いつも悪いな」
上の階へ登っていくと、ベル様と呼ばれる人がいた。
背が高くて、黒くて、変なお面をしている。
……怖い
ベル様は、こちらに視線を向けてくる。
「その子が、レイの言っていたうちの一人か?」
「はい、リアちゃんって言います」
「あ……えっと……」
上手く言葉が出てこず、しどろもどろになる。
どうしよう……怖い……怖い……。
俯いて、小さく震え始める私の頭に、温かい感覚が広がった。
とても、優しかった。
「落ち着け、ここにお前の敵はいない」
顔を上げると、ベル様が私の頭を撫でてくれていた。
頭に手を伸ばされるのはいつも怖かったけれど、ここに来てから皆優しい。
……こわ…い?
「クッキーを持ってきてくれたのか?」
「え……う……は、はい!」
「そうか、ありがとう」
ベル様はクッキーを一つ手に取り、お面の奥で食べた。
「……うん、美味いな。流石だシア」
「リアちゃんが持ってきてくれたからじゃないですか?」
「そうなのか、ならお前にもお礼を言わないとな」
発せられる言葉には微塵も圧などなく、こちらを労わるような、そんな包み込むやり取りが為されている。
……怖くない。
ベル様がお礼を言って私からお皿を受け取る。
だけど、お菓子が名残惜しくてちょっとじぃっと見続けてしまった。
「……なんだ、食べたいのか」
「え…い、いいえ!」
「子どもが遠慮するものではない。食べたいのだろう?」
「……はい」
私が白状すると、シアちゃんがふふっと笑う。
「じゃあ、リアちゃんをお願いしますね?」
「……私がか?」
「いいじゃないですか、一緒に食べるんでしょう?少ししたらアルマくんを向かわせますから」
「……まぁ、いいだろう」
シアちゃんは下に降りていき、私はベル様と二人っきりになる。
部屋に入れて貰い、ベル様の膝の上で一緒にクッキーを食べた。
ちょっと緊張するけれど、やっぱりシアちゃんのお菓子は美味しい……。
「…リア、お前はアカメに連れられてきたのだろう?」
ベル様がふとした瞬間に話をしてくれる。
お兄ちゃんの話?
「はい!」
「…アカメをどう思う?」
どう思う……なんて答えればいいのかが分からず、ちょっと悩んだ。
「お兄ちゃんは……や、優しくて大好きです!」
「そうか…」
納得のいく答えは出来たかは分からない、ベル様の顔はお面で隠れて見えないから。
だけど、何となく笑っているように感じた。
そこから少しの間、一緒にもぐもぐしていると、不意に扉がノックされた。
「し、失礼します!お初に……リア⁉」
リナちゃんと一緒に入って来たフレイお姉ちゃんが、私を見てギョッとする。
まさか、アルマに任せた私が、この屋敷の主の膝の上にいるとは夢にも思わなかっただろう。
「も、申し訳ありません!とんだご無礼をッ‼」
「いい、私が許可したんだ。お前がレイの言っていたもう一人だな?」
「はいッ‼フレイと申します‼」
ベル様とフレイお姉ちゃんのやり取りの間、いつの間にか近くまで来ていたリナちゃんにコソコソ話しかけられた。
「……凄いね、リア。いつか大物になるんじゃない?」
「おおもの?」
どういう意味かは分からないけれど、褒められてるのかな?
「お前らも言ってくれれば膝の上くらい乗せるぞ?」
「め、滅相もない!」
「冗談だ、半分ほどな」
リナちゃんの慌てる姿を見て、愉快そうに笑うベル様。
なんだか、温かい。
「ッベル様ぁぁぁぁあ‼」
遠くの方で聞こえた叫び声が瞬く間に大きくなって目の前までくる。
息を切らせたアルマが、頭を下げた状態でスライドしてここまで来た。
「ほんっとうに申し訳ありません‼俺としたことがッ‼」
「落ち着けアルマ、何も怒ってなどいない」
ベル様は私を持ち上げながら立ち上がり、アルマの肩に私を乗せた。
そして顎に手をやりながら「ふむ…」と見続けている。
「……あの、これは?」
「なんだ。存外似合うじゃないか」
「ッからかわないでください‼」
顔を赤くするアルマに、また愉快そうに笑うベル様。
リアは、ようやく理解できた。
ここは、これまでの場所とは違う、温かい場所なのかもしれない。と。
皆と別れ、アルマの肩に乗ったままベル様の部屋を後にする。
「……おい、髪をわしゃわしゃするな」
「あるま、私ここ好き!」
「……そうかよ」
相変わらずぶっきらぼうではあるけれど、その顔は優しいものだった。
「……早くアカメこねぇかなぁ、押し付けてやる」
「っお兄ちゃんくるの⁉」
「もう少ししたらな」
お兄ちゃんが来る!
嬉しさでウキウキしながらわしゃわしゃしていると、またアルマに注意されるのだった。
……楽しくて長くなちゃった。
これで三巻本編の、アカメが屋敷に来た時にアルマの肩にリアが乗っているシーンに繋がるわけですね。
では、今度こそまた四巻でお会いしましょう……。




