78話 リアの願い
「てめぇ!暴れんなクソガキがッ!」
「ッ~!ッ!」
追手がどこに居るのかも分からない暗闇の中、ボルドーはリアを脇に抱えながら出来得る限りの速度で駆けていた。
やってしまった、ついにやってしまった。
あのアヴァリスを裏切るような真似をしたんだ、もう戻れない。
だがいいんだ。あのままアヴァリスの元に居ても俺に躍進はない。
奴らは俺に巨万の富と組織の中の重鎮としてのポジションを約束してくれたんだ。
この餓鬼を…こんな小汚ねぇ餓鬼を一匹差し出すだけでそれだ。やらない方がおかしい。
やっぱり天は俺を見放してなどいなかった。俺がこの程度で終わる器なはずがないのだ。
俺は圧倒的に優れていて、他者よりも常に上にいる男だ。誰かの下に居続けていいような存在じゃない。
アヴァリスを敵に回したことによってある種ハイになっているのか、恐怖で足が止まる前に自分を納得させようとそんなことばかり考える。
恐怖と歓喜が綯い交ぜになったような狂気染みた表情を浮かべるボルドーの腕の中で、リアは出来得る限りの抵抗を続けている。
アカメの、兄の勝利を願ってたった一人部屋で落ち着かぬ心持で過ごしていた時、突然ボルドーが部屋の前にいる見張りを殺して入って来たのだ。
そこから有無を言わさぬこの拉致、リア自身も何が起きているのかまだ分かっていない。
だが、ここで連れ去られてしまえば、もう二度と兄には会えない。あの屋敷で迎えてくれた姉やアルマ、皆に会えなくなる。それだけは何となく分かっていた。
「はなッしてぇ!」
「うるせぇんだよッ‼」
あまりにもしつこい抵抗に痺れを切らしたボルドーはリアの顔を殴りつける。
鼻の骨が折れ、鮮血が散る。
いくら悪魔で治りが早いからといって痛みがないわけじゃない。
勝手に涙が溢れ、視界がぼやける。
だけど、、リアは抵抗を止めなかった。
「離して!離してぇ!」
抵抗をする度に、イラつきを募らせたボルドーから暴力が飛んでくる。
その度に鮮血と涙を散ることになる。口に血の味が広がっているので歯も折れているだろう。
それでも、リアは抵抗し続けた。
リアは後悔していた。兄にあんな顔をさせてしまったことを。
自分が奴隷であるばかりに、兄に負債を背負わせ、その結果兄は酷い目にあった。
自分はあの時どんな顔をしていただろう。きっとボルドーに住む世界が違うと言われて絶望していたに違いない。
兄も自分のことを恨んでいるだろうと、あの時遠ざかる兄を見た時、後悔した。
アカメは少しも恨んでなどいなかった。むしろこちらを見て傷ついた表情を浮かべていた。
ずっと苦しかった。また会いたくて、これからも一緒に居たいと言いたかった。
ごめんなさいと、それ以上にありがとうを言いたかった。
兄が自分のために戦ってくれている。なら自分は兄を待つのがやるべきこと。
こんな風に連れ去られていいわけはないのだ。
「いや!いあぁッ!離して!」
「てめぇいい加減にしろ!あぁッ⁉」
ボルドーの知っているリアは従順であり、自分に逆らうことなど決してなかった。
それが今この状況で抵抗を示し始め、ボルドーの怒りは頂点に達する。
地面に思いっきりリアを投げ飛ばし、叩きつける。
顔面から落下し、ぶつけたところを中心に鈍い色になる。
二、三度跳ね、痛みで動けず固まってしまった。
そんなリアの状態などお構いなしに、髪を掴み上げ宙吊りにする。
「何だ?助けなんかくると思ってんのか?お前のとこのも馬鹿だよ、アヴァリスに挑むなんてな。きっと死んでるさ、あんな雑魚が生き残れる道理なんてねぇんだよ」
「…はな、してっ」
なおも折れず、これまでとは違う覚悟のこもった眼をするリアに今度こそブチ切れ、思いっきり顔面をぶん殴る。
「っか!かひゅ…」
「…もういいだろめんどくせぇ、どうせ向こうも綺麗な餓鬼が欲しいわけじゃねぇだろ。抵抗出来ねぇように腕と足の靭帯切って持っていくとするか」
懐からナイフを取り出し、リアを抵抗出来ないように押さえつける。
…いや、いやだ…いやだ!
「たす…けて…お兄ちゃん……!」
呟くように紡がれた小さな言葉。
何処に行く当てもなく宙に浮かび、やがて泡沫のようにあっさりと消えてしまう、そんな小さな願い。
斯くして、それは果たされる。
「…ぁぁぁぁあッ‼」
「ッガハァ!」
何かが上空から高速で飛来し、ボルドーを巻き込みながら吹き飛んでいく。
地面に伏せていたが故にリアは何が起きたか分からず、少しの間放心して土煙で見えない飛来してきた何かの方を見ていた。
リアの胸が高鳴る。
自分で願っておいておかしい話だが、そんなわけはないと思ってしまう。だが高鳴る心が、じんわりと温かいものが溢れ出す心が止まない。
やがて土煙が晴れ、その姿が鮮明になっていく。
「…お前、覚悟は出来ているんだろうな」
怒気を孕んではいるものの、聞き馴染みのある落ち着く声。
何よりも頼もしい背中に、綺麗な赤い瞳。
あぁ、やっぱり…
知らず知らずのうちに涙が溢れる。
「うちの妹に、何してくれてんだぁッ‼」
お兄ちゃんは、私を助けてくれる。




