71話 それぞれの状況
「…なんで俺が餓鬼の御守りなんざしなきゃなんねぇんだよ…」
アヴァリス直属の部下である隻眼の男、ファングはボソボソと自分の主に文句を垂れながら湯気の上がる出来立てのご飯を持って歩いていた。
アヴァリスからの命令だった。あの餓鬼、リアと呼ばれた少女がこの屋敷にいる間、お前が面倒を見ろ、との仰せだ。
ベル殿との約束がある以上何かあってはマズいのは分かるが…絶対面白がってる節はあるな。
そもそも奴隷は好かんのだ。あんな目をする奴らに未来がないのなんて分かり切っている。
そんな奴らに割く時間が苦痛でしかないし、関わりたくもない。
ため息をつきつつ、部屋の前にいる見張りをどかせ、ノックもせずに扉を開ける。
「入るぞ」
居ない、と目では分からないが、相手は魔力操作も覚束ない餓鬼。
食事を机に置き、ベッドを蹴ると下から怯えながらおずおずと出てきた。
「飯の時間だ。食え」
「……」
言われるがままに席に着くが、毎度の事ながら碌に食いもしねぇ。
別に知ったこっちゃねぇが…死んだように生きる人生に何の意味があるのだろうか。
やはり性格が終わっていようとも我が主のような強欲な人間の方が俺は好みだ。
義理は果たした…そう思いいつものように部屋を立ち去ろうとすると、服が引っ張られる感触があった。
何かと思ってみやれば、餓鬼が自分の服を引いているではないか。
「何だ、文句でもあるのか」
「…お、お兄ちゃんは、どうなったの?」
掠れて震えた声、小さくて聞き取りにくいが、確かにそう言った。
そしてその眼は奴隷特有の絶望の眼ではなく、確かな意志が宿っていた。
「…あの赤い眼の小僧のことか?しぶとくも生き残っていたぞ」
「……!」
少女の眼は微かに見開かれ、そして安堵が見えた。
「安心するのはまだ早いぞ、お前の処遇が決まった」
「…なに?」
「その小僧がお前を助けるために殺し合いの場に出る。最後まで生き残ればお前は自由、逆に死ねばお前は一生奴隷のままだ」
「っ!お兄ちゃんに酷いことしないでッ!」
それを聞いて弾かれたように俺に掴み掛かり懇願してくる。
さっきまで死んだような眼をしていた癖に、自分のことではなくあの小僧の心配をするか。
「我々から言い出したのではない。ベル殿とあの小僧から言い出したのだ」
「…お兄ちゃんが?」
「あの小僧はどうやらお前にご執心のようだ。お前を助けるために我が主に正面切ってお前を返せと言い張ってみせた。…お前は恵まれているな、助けようとする人間がいるんだ。お前はどうだ?そのままでいいのか?」
「……」
先程と同じ無言、だが瞳に宿る強さが違う。
餓鬼は無言で机に座り直し、今までとは違いちゃんと飯を食い始めた。
その姿を認め、俺は部屋を出た。
…そうだ、それでいい。
生きなきゃ始まらねぇんだ。今できることをやって精々踏ん張ってみせろ。
…しかし、あそこまで回復するとはな。
アヴァリス様を前にして退かなかったあの精神力は評価してもいいが、所詮は雑魚。頼りがいなんてものはあろうはずもない。
だが、あの餓鬼は希望を見出し、アヴァリス様も何かを見出した。
あの小僧に、そこまでさせる何かがあるということなのか。
ファングは、アカメに対する興味を募らせていった。
・・・
「…うん、上出来かな」
姉さんが訓練場の端で呟いた。
その視線の先、訓練場の中心に居る僕は酷く血で汚れた様相であった。
その周りも酷く、赤黒い血が至る所に飛び散っており、人によってはあまりの凄惨さに卒倒してしまう程の光景であった。
「…もう、いいの?」
「うん、というか私が楽しくなっちゃったから追加してただけだし」
「なにそれ…」
姉さんは手をかざし、散乱した血を回収し始める。
その量はかなりのもので、血の兵士十体分の血液の量であった。
最終的には魔力量も僕と同じにしたアルマくん擬きの血の兵士を十体ほど相手取れるようになった。
そして、辛勝ではあるものの今しがた勝利を収めた惨状がさっきの絵面である。
「魔力量は分からないけど、戦闘技術においてアルマより上の相手が出てくるのは中々考えづらいかな。もうこれでアカメが剣闘試合で後れをとることはほぼないと言っていいはずだよ」
「そっか…」
長いようで短いようで…剣闘試合まで残り一週間となった。
ずっと同じ相手と戦っていたせいか、今の僕がどのくらいの位置にいるのかは分からないけれど、やれることはやってきたかな。
なら、後の僕の気持ちは自己満が含まれたものだ。
「姉さん、ちょっといい?」
どこまで行けるのか…やってみたくなった。
・・・
「……と、いうわけだ。あの餓鬼は俺が預かる。奴らとの取引は無しだ」
アヴァリス様に突然呼び出され、何事かと思って来てみれば想像もしていなかったことを言い出しやがった。
「ほ、本当ですか?何故そのような決断に…」
ボルドーは動揺した。手に入るはずだった地位が、金が、目の前から零れ落ちていく様がありありと想像できたから。
「知る必要などあるか?俺の決断が全てだろう?」
「ッ…は、はい。その通りでございます…」
そう言われては何も言えまい…元々この取引が出来るようになったのはアヴァリス様に取引の声がかかったからであり、アヴァリス様ができないと言えばそれで終わってしまう話。
だが…それでは…私の栄光はどうなるのか。
「勿論あの餓鬼を手に入れられたのはお前の功績だ。それなりの褒賞は出そう」
「……ありがとうございます」
頭を下げて礼を言うが、そんなもの飾りだ。下げた頭の下でアヴァリスを睨みつける。
そんな褒賞程度で足りるか、私はもっと躍進できるはずだったのだ。
だが、そんな思いなど出せるわけもなく、最後まで取り繕いながら部屋を出た。
外に出て、すっかり真夜中になってしまった街を苛立ちを隠しもせずに突き進む。
「…ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな‼」
こんな旨い話は滅多に出会えるものではない。それを不意にされたのだ、苛立ちも当然だ。
「ひっ!や、やめっ」
「うるせぇ!」
路地裏で野垂れていたゴミが目に入ったので、憂さ晴らしに殺して回る。
あぁー…これだよ、これこれ。
自分がこの世界における強者であるという実感、こんな暴挙が許されてしまうという快感。
だが、最早この程度では満足はし切れない。
もっと上の景色を見れるはずだったのだ。
ちくしょうが…アヴァリスの野郎が…。
「ちょっと、お話よろしいですか?」
どうしようもない苛立ちに身を引き裂かれそうになっている、そんな折だった。
音もなくボルドーの背後に二人の顔を隠した怪しげな人間二人がいた。
「…誰だ?俺ぁ腹の虫の居所が悪いんだ。ぶっ殺されたくなきゃ消えろ」
…全く気づかなかった、実力も測れん。
その二人の人間は見えない顔を見合わせ、クスクスと嗤う。
「取引の件、残念でしたね」
「ッ!なんで知ってる!」
思いもよらないことを口にされ、ボルドーはまた動揺してしまう。
その様子が面白かったのか、また二人はクスクスを嗤い合う。
「それは知っていますよ。我々がその取引を持ち掛けたのですから」
「…何だと?」
今の話を信じるなら、こいつらがあの餓鬼を求めていた奴らか?
だとしても、何で俺の元に来た?
二人はボルドーの心を分かっているかのように笑みを浮かべている。
「実は我々としても困っていましてねぇ…ですので、ボルドーさん。貴方に協力を仰ごうと足を運ばせていただきました」
「…協力?」
「はい…協力していただければ、貴方の言い値の額をお支払いいたしましょう。どうですか?」
ボルドーはそれを聞き、今までで一番の下卑た笑みを浮かべた。




