7話 小さな光
心に暗雲が立ち込め、どんよりとした重しを抱えたような気分になりながら僕、白石葵は学校からの岐路についていた。
あの子、確か柊アカメくんだったっけ。一緒にいたのは宮沢陽さんか。よく一緒にいるのを見ることがある。
アカメくんに助けられた後、結局戻ってあれ以上相馬くんの怒りを買わないようにヘラヘラしてしまった。
一緒にいようと言って貰えた時、正直嬉しかった。
ずっと誰も助けてくれなかった中で初めて伸ばしてもらえた手だ。本当か?という疑念の心はあったけどそれを差し引いても取りたくなってしまう温かさだった。
先生にも僕の意図を汲んで言わないでくれたし、震える手を握り返してくれるなんてことも出来る子だ。一緒にいても、多分よくしてくれるのだろう。
だからこそ、一緒にはいられない。
僕と一緒にいれば彼らまで標的にされてしまう。彼らには関係なかったはずなのに、僕のせいで酷い目に遭わされるのは…きっと耐えられない。
一方的に拒絶してしまったし、今後は関わることもないだろう。
少し後ろ髪を引かれる思いもあるが、これでよかったんだ。
「葵くんお腹空いてない?チョコかラムネかアメかクッキーか選んでいいよ」
「………。」
次の日、何事もなかったかのように柊くんが僕の席に来て鞄を見せてくる。
何でそんなにお菓子持ってるの?…じゃなくて、昨日拒絶したよね?
な、何で関わろうとしてくるんだ?
「な、なんで…昨日」
「チョコはダメ、それ全部私の」
僕の質問を遮るように宮沢さんが主張してきた。
え、これ全部?アソートだよ?…じゃなくて。
「いいじゃん少しくらい。アソートだよこれ」
「全部私のならアソートですら選ばなくていい…素晴らしいね」
「いや、食べるとき選ぶでしょ」
「これは盲点」
なんだこの人達、馬鹿なのか。
「え、あ、あの…」
「あ、グミがよかった?ごめんちょうど切らしてて」
「ち、違くて、その」
「お勧めはクッキーだよ、試しに一枚売りの良いやつを何枚か…」
「そうじゃなくて!」
思ったよりも大きな声が出てしまい自分でもハッとするが、柊くんたちは変わらずこちらを見つめている。
「どうしたの」
「…ごめん、トイレ行ってくる」
僕はその場を離れることにした。言ったって聞いてくれそうにないなら行動で避けるしかない。
だけど、そう上手くはいかなかった。
『葵くん課題やって来た?分からないところあるんだけど』
『葵くん、お昼それで足りるの?やっぱお菓子あげようか?』
『ねぇねぇ葵くん鶏が先か卵が先かって、鶏は卵を産み続けられる限りは生きられるんだからどう考えたって卵が先だよね』
『それ、食べられる順番じゃなくて原因と結果が循環してて分からなくなるって話だ
からね』
『おぉ、初知り』
「なんの話だよ⁉」
現在、僕はトイレの個室に籠って小さい悲鳴を上げていた。なんで関わってくるんだ…こんなに冷たい態度を取っているのに。
初めの会話から三日ほどが経ったが、特に何かされるでもなくひたすら他愛ない会話を振られ続けている。
最初の方はすぐに見限るだろうと思っていたのに、この調子なら永遠に続きそうだ。
何故かは分からないがあれから相馬くん達が僕を呼び出すことはなくなった。代わりに嫌がらせが増えたが…柊たちが何かしたのか?
考えながら教室に戻ると、宮沢さんが僕の席に腰かけていた。
「あ、葵くん。知ってた?蜂蜜って腐らないらしいからそれこそ永遠に」
「なんで、離れてくれないの」
気づけば疑問が自然と口から零れていた。
分からないのだ、今まで誰にも助けてもらったことなんかない。全部自分で何とかするしかなかった。
でも、出来なかった。だから媚びへつらってやられたことに対して文句も言わずに縮こまる羽目になっている。
分かるのだ、何となく。この二人が悪意も打算もなく僕に手を差し伸べてくれていることが。
今だって、こうして僕の席に座って嫌がらせが起きないように予防してくれている。
僕が席に戻る時決まってどちらかが僕の席の近くにいて、そういう時は僕の私物に被害は出ていない。
分からない。何故、そうしてくれるのかが。
「そうだねぇ」
宮沢さんは考えるように上を向いて一拍置いた後、僕の方に向き直って話し始めた。
「アカメがどう思ってるのかは分からないけど、私の理由でよければ」
「うん」
「私もね、虐められてたんだ。中学の頃」
「え…」
僕は驚いたが宮沢さんは気にせず話を続ける。
「立ち回りを間違えちゃってね。気づいたらもう手遅れで…誰も味方についてくれなくて一人ぼっちになっちゃった」
「………。」
「でも、そんな中でアカメだけが手を差し伸べてくれたんだ。自分の大事な秘密を曝け出してまで私を守ってくれた。一人じゃないって言ってくれたんだ。だから私は君にも手を差し伸べる。アカメが助けたいというなら勿論手を差し伸べる。それが、あいつの隣に立つ条件だとも思うから」
「そう、だったんだ…」
嘘を言っているとはとても思えなかった。本当に、柊くんはそういう人なんだ。
宮沢さんの話を受けて少し考え込んでいると、後ろから柊くんが帰って来た。
「あれ、二人で何話してたの?」
「何で葵くんのことを気にかけるのかって聞かれてたの。」
「あ、なるほど…。やっぱりちょっと気持ち悪かったか…」
柊くんは最近話しかけに来まくっていたことを反省していのか少し肩を落としている。
僕が柊くんにも答えて欲しい思い視線を送っていると、察してくれた宮沢さんが柊を肘で突いて促してくれた。
「うーん、そうだなぁ」
宮沢さんとは逆で下を向いて一拍考えるようにした後、同じように僕に向き直って話してくれた。
「そうしなきゃいけない気がするんだ」
「しなきゃ?」
「ごめんね、正義感とか君が大事だからとかじゃなくて。勿論それもあるにはあるけど、そうしなくちゃいけない気がして」
要領を得ない発言をする柊くんは周りを少し伺うようにすると、こちらに耳打ちをしてくる。
「僕、昔の記憶がないんだ」
「え…⁉」
「正確には小学校五年生ぐらいより前の記憶かな。どんな暮らしをしていたのかもどんな人間だったのかも、何も覚えてないんだ」
とんでもない話であるはずなのに何でもないかのように話す柊くんとのギャップに少しクラクラしてくる。
「あぁ、悲しいってわけじゃないよ。皆よくしてくれるし、僕は今の暮らしが好きだから。ただ、その何も覚えてない中でも、何となくそうしなきゃいけないって使命感みたいなものがあるんだ」
「…そっか」
「まぁ、上手くいかないことの方が多いんだけどね。怖くて踏み出せないとかしょっちゅうだし」
「でも柊くんは僕を助けてくれたし、宮沢さんも助けたんでしょ」
「……聞いたの?陽さんから」
柊くんが宮沢さんをじとーっとした目で見るが、宮沢さんはどこ吹く風である。
「アカメが助けてくれたんだって教えたよ」
「いやちがっ、それは元々陽さんが…っ」
「はい、言い合うとキリがないからこれでおしまい」
「……ずるいと思う」
「…っぷ、あはは!なんて顔してるんだよ…」
してやったりという顔をする宮沢さんと不満そうな顔をする柊くん、それが何ともおかしくて思わず笑ってしまった。
なんだか、少し吹っ切れられたような気がする
この二人となら、僕も変われるだろうか。
僕は幾分か軽くなった心で二人に向き直り、頭を下げた。
「…お願い、僕も二人と一緒にいさせて」
「あ、頭上げてよ!頭下げられるようなことは何もしてないって!…でも、ありがとうね」
「うん、楽しい学校生活送ろうね。葵くん」
「…ありがとう!」
そう言って笑う僕の顔はどんな表情をしているのだろうか。
多分、久々に心から笑えた瞬間だと思う




