6話 やることは変わらない
その男の子が向かった先は校舎裏、あまり人の通りがない場所であった。
「葵よぉ、おっそいんじゃねぇの?」
「ご、ごめん…購買、混んでて…」
「混むのなんて分かり切ってんだろうが、工夫も出来ねぇのかお前は」
「…ごめんなさい」
僕が追っていた子、葵くんは四人ほどの集団に持っていた昼食を渡していた。
高圧的な態度を取られるも反抗することはせず、周りはそれを見て不快な笑い声を響かせている。
「…何となく予想してたけど、出来れば杞憂であって欲しかったかな」
そんな独り言をぼやこうとも目の前で行われていることがなくなるわけじゃない。
邪霊はもう葵くんからは離れたようだ。一定のエネルギーさえ収集できれば他のマイナス感情を持っている人間に憑りついていく方が効率がいいらしいので当然といえば当然か。
こうしている間にも葵くんへの不当な扱いは続いていく。
「いやぁ、相馬くんそれは言い過ぎでしょう?葵泣いちゃいますってぇ」
葵くんに高圧的に接している相馬と呼ばれている男は取り巻きにそう言われて鼻を鳴らす。
「いいんだよ、この俺に使われてるだけでありがたいと思わねぇと。なぁ葵?」
「…うん、そうだね」
葵くんは媚びるようで苦しそうな笑顔を向け、そうしてまた他の奴らがゲラゲラ笑う。
…見ていられたものじゃないな。
だが、客観的なことを言えばこのまま何事もなかったかのように立ち去るのが賢い判断なのだろう。
言ってしまえば僕には関係のないこと、そしてこの一件に首を突っ込むということはその後の面倒事に関してもまとめて受け持つということになる。わざわざ首を突っ込むとはそういうことだ。
今後の学校生活を考えたらこのまま無視するのが安泰なんだろう。
………。
「ホント、従順でありがたいよお前は。ストレス解消にもってこいだ。そらっ!」
「いっっ!」
葵くんが相馬くんに投げ飛ばされ、目の前にちぎったパンを落とされた。
「おら犬、食えよ。ありがたいご飯だぞぉ」
「っ…」
葵くんの笑顔を張り付けたような表情が少し歪むも、その場には誰も助けてくれる人なんていない。
相馬くんからは無言で睨まれ、周りはゲラゲラ笑っている。尊厳を守るなんて選択を取れば何をされるか分からない状況で、取れる行動の選択肢なんてあってないようなものだ。
葵くんは目に涙を浮かべ、そのまま落とされたパンを食べる
「いただきます」
前に、僕がそれを拾い上げて口に含んだ。
「え…?」
「あ?なんだお前」
葵くんは困惑し、相馬くんは見られていたことによる驚き三割と邪魔された怒り七割ってところだろうか。
その空気感の中で僕は咀嚼を続ける。
幸いパンだったため多少土がついている程度で我慢すれば食べられない程ではない。これが米とかだったら地獄だったな。
僕は、たとえ面倒事を引き受けたとしても葵くんを助ける方を選ぶ。そうしなければいけないと思うし、やることは中学の頃と同じだ。
あの時僕が支えてもらったように、君も一人じゃないって葵くんに言ってあげたいから。
僕は飲み下した後口を大きく開けて見せつける。
「おひほーはまへひは」
「…喧嘩売ってんのかてめぇ」
「まさか、違うよ。僕が彼の代わりに食べた。それでチャラにしてくれないかなってこと」
思ったよりもすんなり声が出た。もっと上擦るかと思っていたのに。
つい最近死にかけた、いや死んだことと怒涛の出来事に多少はメンタルが強くなったのだろうか。
「なるわけねぇだろ、これは俺とそいつの問題だ、引っ込んでろ」
「大丈夫、立てる?」
「え、あ、あの…」
快い返事が貰えなかったので無視して伏せている葵くんを立たせる。
取り巻きもそれが癪に障ったのか声を荒げる。
「て、てめぇ!相馬さんに舐めた態度とってんじゃねぇ!」
「相馬さんの親は精霊教会のお偉いさんだ。この人も将来そのポストを受け継ぐことを約束された存在!ふざけた態度取ってるとどうなるかわかってんだろうなぁ!」
「今現時点でも将来精霊教会の騎士にならないかをスカウトが届くほどだ!ボコボコにされたくなかったら引っ込んでろ!」
絵に描いたような取り巻きっぷりだが、そのヨイショを聞いて機嫌がよくなったのか薄ら笑いを浮かべている。
「そういうわけだ。さっさと消えろ」
「分かった、行こうか」
「え、いや…」
「……おい、一回痛い目みないと分かんねぇか?」
完全にぶち切れモードであるが、そんな肩書並べられたところでどのくらい凄いか分からない庶民が引くわけがないだろう。
精霊教会の騎士になるには秀でた能力と優れた人格両方を兼ね備えていないと試験には合格できないという話は聞いたことがあるが…目の前のこいつが入れるとなるとコネとかが機能してしまっているのだろうな。国を牛耳る組織が腐っていそうな片鱗が見えたので気が滅入る。
それに、そっちが騎士見習いならこっちは悪魔見習いだ。やる気か勝負だごらぁ。
と、完全に一色即発の空気だが、心配はいらない。
僕は一人じゃない。
「お前たち、ここで何やってるんだ」
「せ、先生!これは…」
突然、うちのクラスの担任である長谷川先生が現れ、僕たちに声をかける。
相馬くんも流石に教師では分が悪いのかたじろいでいる。
そして、先生の後ろには陽さんの姿があった。
(よかった、気づいてくれた)
僕は割って入る前に陽さんに校舎裏のあたりに先生を呼んで欲しいという旨を連絡しておいた。理由もなく唐突な連絡であったが、流石陽さんだ。
僕が陽さんに笑顔を向けると向こうはため息で返してきた。お礼はクッキーで足りるだろうか。
「先生、実は…っ」
僕が事情を説明しようとしたとき、葵くんが震える手で僕の手を握ってくる。
葵くんの方を見ると首を横に振っている、言わない欲しいということだろう。
言った方が確実そうに思えるが…本人の意向を無視するわけにもいかない。
想像でしかないが、これまでに教師に裏切られた経験でもあるのかもしれない。
「なんだ、アカメ」
「…いえ、実は一階の南の方にある蛇口から水が流れなくて。故障かなって思ったんですけど」
「…それは後で見よう。で、この状況はなんだ」
「これは、ただお喋りしていただけですが…。ねぇ?」
僕は葵くんの手を握り返しながらそう言い訳し、相馬くん達に同意を促した。
相馬くん達も否定する理由はないのか乗っかってくれる。
「…そうか。では、私はこれで失礼する」
「はい。じゃあ葵くん、行こうか」
「う、うん」
僕は長谷川先生の目がまだ届いているうちに葵くんを連れてその場を離脱する。
相馬くん達も流石に追ってはこれないようで思いっきり睨まれるが、無視が一番だろう。
そのまま陽さんとも合流し、僕たちはあまり人気のない教室近くの踊り場に向かった。
普段は往来がそこそこあるが、今は昼食時なのであまりいない。
教室に戻るのも考えたが、あまり聞かれたくない話だろうから。
「…ありがとう。でも、もう関わらないで欲しい」
開口一番、葵くんはそう言った。
「どうしてか、聞いても?」
「分かるでしょ、もうすでに君は目の敵にされてる。これ以上僕を庇うような真似をすれば君まで理不尽な目に遭うよ」
「そうかもね。でも君はどうなるの」
「ほっといてくれよ…偽善だかなんだか知らないけど、下手に関わられるとその負債は僕が被ることになるんだ」
「下手に関わるつもりなんてない、嫌じゃなければこれからは僕たちと一緒にいよう。先生にも今回で少しは警戒されているだろうし、もう簡単に手出しできないと分かれば嵐が過ぎ去るかもしれない」
「だからッ‼…もういいんだ、助けてくれてありがとう。さようなら」
葵くんは一方的に話を打ち切って去ってしまった。
方向的に相馬くん達のところに戻るのだろうか、これ以上背くような真似をすれば火種を大きくしかねないとでも考えての行動かもしれない。
「あぁ言ってるけど、どうするの」
「陽さんなら分かるでしょ」
陽さんはニッと笑ってそれに応える。
葵くんは臆病であるのと同時に優しいのだろう。悪化するぐらいなら関わらないでくれという気持ちも存在しているのだろうが、それと同時にこちらに被害が来ることを気にかけてくれていた。
あの状況下にあって、そう考えられる人はどれだけいるだろう。
あんな子が、見捨てられていい訳がない。
陽さんが無言で差し出した拳に、僕も無言で拳を当てた。




