65話 パンデモニウム
「……んん、重ぃ」
鳥のさえずる音で眼が覚めると、何故か身体が異様に重かった。
まさかまだ疲労が取れてないのか?
焦りを感じながらも身体を起こそうとすると、どうやら疲れではなかったみたいだ。
「姉さん…」
レイ姉さんが僕に抱き着くように覆い被さっていた。
眼元には涙の跡があり、心配をかけてしまったことが分かる。
「…もう、風邪ひいちゃうよ」
そっと起こさないように位置を入れ替えて布団をかけた。
動かしている最中に起こしてしまうかとも思ったが、幸いにも起きなかった。心配で寝れなかったなら申し訳ないな。
扉をそっと開けて出るとリナさんが外で待機していた。
「おはよ、アカメ」
「おはようリナさん、悪いけど姉さんの事よろしくね。起きたらありがとうって伝えてくれると嬉しい」
「うん、了解」
リナさんに姉さんを任せ、僕は早速出る準備をする。
身支度を済ませ、用意されていたご飯を食べ、訓練場で軽く身体を動かす。
鳥の鳴き声で眼を覚ましたので朝かと思ったが、時計を見ると昼頃を回っていたので驚いた。半日以上ぶっ通しで寝ていたらしい。
程よく身体が温まって来た頃、ベルが訓練場に顔を出した。
「調子は戻ったようだな」
「おかげさまで」
ベルは軽く頷き、「ついてこい」と先を歩いていく。
いよいよ向かうのか…パンデモニウムは今いるスローンとは大陸の真反対にある場所、そこに急いで向かうとなれば相当な体力を消費するのは眼に見えている。
足の調子を確認し、頬を叩いて気合を入れてついてくと、玄関の方ではなく屋敷の奥の方に向かっていった。
どこに向かってるんだ?
ベルが止まったところは厨房であった。
「ベル様、アカメくん、お待ちしておりました」
そこにはいつものようにシアさんがいて、軽くお辞儀をして出迎えてくれた。
「シア、早速だが頼めるか」
「はい勿論です。ですがその前に」
シアさんは僕たちに包みを一つずつ渡してくれた。
持つとまだ温かく、香ばしい匂いが包みの中から漏れ出ている。
「お腹が空いたらいけないと思って、サンドイッチです。頑張ってきてくださいね」
「わぁ…ありがとうございます!」
「そこまで遅くはならないと思うが、ありがたく貰おう」
シアさんは満足気に「はい!」と返事をすると少し離れた位置に立つ。
何をするのかと疑問に思うのと同時にシアさんの手に魔力が集中する。
僕が扱う魔力量よりも遥かに高出力の魔力。
それが完全にシアさんの制御下に置かれ、徐々に形が形成されていく。
そして出来たものは………
「……いや、これ…もしかして…」
「はい、通るとパンデモニウムに着いちゃいます」
シアさんの広げた手の先、そこに…転移ゲートが出来上がっていた。
室内にいるのに輪っかの先には外の世界が広がっているのでまさかとは思ったが…。
「……なんでもありかよ」
この世界に入って中々耐性がついたと思っていたが…久しぶりにそんな感想が口から零れた。
「帰る時また連絡する」
「はい、お待ちしております」
ベルはさっさと通って行ってしまうので呆けていた僕は慌ててゲートをくぐる。
門を潜って降り立ったのはどこかの建物の屋根の上。
スローンと同じ禁足領域、どんな危険が待ち受けているのかと警戒しながら目の前に広がる光景を見やると…
「これが…パンデモニウム…?」
雲一つない晴天の元、眼下には活気ある街が広がっていた。
普通に人が往来し、街の中心では商人が声を張り上げ、子ども達の楽し気な声が木霊している。
一見すると、ただの活気のある街。だけど…
「…ところどころで魔力隠蔽が出来ていない人がチラホラいる。にも拘わらず精霊教会は出てこない…これは、悪魔の街…?」
通常考えられない状況に眼が白黒する。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「あ、はい。ありがとう…ございます」
シアさんはゲートのの向こう側で手を振ると、そのままゲートごと消えてしまった。
今更だけど、改めてあの屋敷の人間は全員化け物だと思った方がいいな。
戦闘が本業じゃないってだけで多分シアさん普通に戦えるだろうし。さっきの魔力の奔流で僕は多分勝てないなってこと分かったし……。
「何をしている、早く行くぞ」
ベルは一人で適当な場所に飛び降りて行ってしまう。
「ま、待ってよ!」
慌ててベルに追従し、まだ整理のつかない頭で質問を考える。
「こ、ここは?どういうこと?」
「見ての通りだ。パンデモニウムは悪魔が中心となり形成されている場だ。日夜力を持つ悪魔どもがパンデモニウムの主導権を奪い合い潰し合っている」
や、やっぱりそうなのか…でもどうやって。
「精霊教会は?何でこんなところが見逃されてるのさ」
「それはここを治めている悪魔どもが奴らにとって強すぎるからだな。そのうちの一人にアヴァリスはいる。お前も強さは身に染みて分かっているだろう」
昨日の今日の嫌な思い出掘り返すなよ…本当に死を覚悟したんだからな…。
「よって、争うよりは共存の道を選んだ方が被害が少なくなるため黙認されているわけだ。それに何も悪いことばかりではない。ここはここで社会が形成されているわけだからな。秩序はちゃんとある。
精霊教会は黙認する代わりにパンデモニウム内の悪魔の脅威はそこまで考慮せずに他の場所に手を回せ、悪魔どもは精霊教会に干渉されない代わりに自分たちで自治をする」
なるほど…そういうことか。それならば、目の前の光景にも説明がつく。
「まぁ、ここまで大規模に悪魔の都市として繁栄しているのはここぐらいだろうな。特に教会と悪魔が争ったという話も聞かんし、互いを抑止力として上手くやっているのだろう」
「そっか…スローンとは随分違うね」
「スローンが繁栄をしない理由は簡単だ、私があの場を治める気がないからだ」
なんてシンプルな回答…まぁそうだろうとは思ってたけど…。
じゃあ代わりに手綱を握れる人が流れてきて治めれば…とも思ったが、ベルがいる以上それは不可能だろう。
ベルがやる気を出さない限り実質的に未来を潰されているのがスローンか…。
僕の思考を読んだのか不満そうに鼻を鳴らす。
「別に、あの地を開拓したいというのなら我々は干渉するつもりはない。ただ恐れて悪魔が近づかないのと降りかかる火の粉を薙ぎ払っていたらこうなっただけだ」
「あぁ…さいですか」
「……なんだ、その顔は」
いや、強すぎるのも考え物だなって。




