62話 新たな覚悟
「いい加減くたばれ!」
「ッ…ッ!」
何度も蹴りつけられ地面に転がされるが、何度だって立ち上がる。
ただでさえ修復が追い付かず回復に魔力がかかりきりなのに、その上で容赦なく蹴られるため永遠に回復し切らない。
それでも…止めなきゃ…。
「お兄ちゃんッ‼」
絶叫にも似た声がリアから発せられる。
眼からは大粒の涙がとめどなく零れ、僕が傷つくことを本気で悲しんでくれている。
優しい子だな…そんな子を泣かせるなんて僕は駄目な兄だな。
「はぁ…何で立ち上がるんだ」
目の前の男、先程ボルドーと名乗った男は面倒そうにため息をついた。
「その身体はもう限界だろうが。早いとこ修復しないと死ぬぞ?」
「じゃあ…リア、返して」
「だからぁ、お前が奪っていったんだろうが!」
またもや蹴り飛ばされ壁に激突する。
「弱ぇくせに何だお前、ゴキブリか?雑魚ってのは自分の運命すら他人に左右されるんだ。大変だな、同情するぜ。俺だったら死にたくなる」
ボルドーは僕の頭を踏みつけ、念押しするようにグリグリと執拗に痛みを与えてくる。
「大体、家族だが何だか知らねぇが、お前にこの餓鬼の何が分かるんだ?奴隷の身分の欠片も理解出来ていねぇような奴が家族だなんて笑わせるぜ」
「な、何が…」
「こいつはなぁ、生まれた時から奴隷だったんだよ。馬鹿な親が餓鬼こさえるからこうなるんだ。それがたまたま赤い眼なんて希少価値抱えて生まれてくるもんだからこっちは大助かりだけどな。こいつは一生誰かのものとしてしか生きられねぇんだよ、そういう運命なんだ」
「だ、黙…れ…‼」
あまりに不愉快なその口を今すぐにでも閉じさせたいが、立ち上がることすらままならず踏みつけられ続けるしかない現実に歯噛みする。
「も、もうやめ…!」
「お前もだぞ、餓鬼」
ボルドーはリアの胸倉を掴み上げる。
「綺麗な服着てよぉ、見違えたなぁ?変われると思ったか?周りと同じように普通に生きられると思ったか?勘違いってのは恐ろしいな。お前は一生奴隷だよ、今までも、これからも、ずっとな。こいつらも思ってるだろうぜ?所詮お前は奴隷、生きてる世界が違う以上一緒になんてなれねぇんだよ」
「ッ…う…」
リアは締め上げられる苦しさよりも、その言葉に痛みを感じて涙を流している。
黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ!黙れッ‼
僕は全身を治すことを放棄し、右腕一点集中で使えるレベルまで治す。
そのまま踏みつけられていたボルドーの足を掴み、全力で握り砕く。
「ッいてぇ!」
堪らず後退りし、足を修復するのに数秒かからせた。
言ってしまえばその程度の小さな反抗、だがボルドーのプライドには深い傷がついた。
「てめぇ、雑魚の分際でよぉ!俺に何してくれてんだ!あぁッ!それに何だその眼は⁉何睨みつけてんだよ⁉雑魚は雑魚らしく死んだ眼で這いつくばっとけやぁ!」
「やめっやめて!やめてぇ!」
ボルドーは何度も何度も僕を踏みつけ、靴の裏が真っ赤に染まるほど繰り返す。
それで多少なりとも溜飲が下がったのか、僕を見下ろして息を吐く。
「…もう会うこともねぇだろうよ。お前には何も守る事なんざ出来ねぇのよ。身分相応の生き方ってもんを学びな」
そうして踵を返して離れて行ってしまう。
今まで気力だけで立ち上がっていたが、最早それすら敵わない。
だが、眼だけはボルドーの背中を…いや、リアのことをしっかりと見据えていた。
眼に貯めた大粒の涙と、こちらを心配しつつも深く傷ついたような、その表情がやけに心に残った。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
長い時間が経ったようにも思えるが、ほんの数秒しか経っていないようにも思える。
「何をしている」
聞き馴染みのある声が聞こえたので眼を向けると、ベルがいた。
「ベル…」
「いつまで這いつくばっているつもりだ。早く起きろ」
分かってる、こんなことをしていてもリアは戻ってこない…。
分かってる…分かってるけど…。
「…リアが、泣いてたんだ…」
ベルは無言で続きを促す。
「あのボルドーとかいうクソ野郎の言葉で、傷ついてた。本当に許せないけれど…一個だけ否定出来なかった。…リアはずっと心のどこかで自分と他を比べてしまっていたのかもしれない。ずっと苦しかったのかもしれない。それを、僕はちゃんと分かってあげられていなかった」
「あぁ、そうかもしれないな」
「リアは…もしかしたら僕のところじゃない方が幸せなのかもしれないって、そう思っちゃったんだ。勿論奴隷なんてクソくらえだ、けど…リアのことを分かってくれる誰かが現れるならそっちの方がいいかもって…」
連れ去られる時のあの顔、心のどこかで自分と他は違うと考えさせてしまったのかもそれない。
それは、きっと今後もあるだろう。
そんな気持ちにさせてしまうのなら、仮に僕の元に戻って来てくれたとしても幸せにならないんじゃないのかって…そう思ってしまった。
「なら、諦めるのか?このまま連れ去られたままで、誰が幸せにしてくれるのかも分からぬ環境に身を置かせるのがリアの幸せだと?」
「言ってない!助けたいさ!…でも、その後リアを幸せに出来るかどうかは、分からない…」
「下らん言い訳をするな、びびっているだけだろう」
ベルは僕の元まで歩み寄り、這いつくばる僕を見下ろす。
「守れなかった、力がなかった、リアの想いに気づけず、あまつさえ奪われた。リアに嫌われたのではないか、次また同じようなことがあったら、もう一度失うくらいなら…何を考えてるかは知らんが、そんな感情を正当化するために最もらしい理由をつけるのはやめろ」
「……」
口を開こうとして、やめた。いや出来なかった。
つまりは…そういうことなんだろうな。
僕は弱いということを痛感させられた、至らないということを身に染みて感じさせられた。
あの大男は勿論のこと、万全の状態でもあのボルドーという男に勝てるかどうかは…正直怪しい。
僕の器は所詮その程度、こんな僕が手を伸ばしても…掴んで貰えないのではないかと、びびってしまっている。
「そもそもリア本人から聞いたのか?お前や私たちとは居たくないと」
「それは…言ってないけど」
「では、リアがお前達といる時の笑顔は、あれは偽りだったと言うのか?」
それも…分からない。けど、
心から笑ってくれていたように、僕からはそう見えた。
「まぁここで問答したところで人の心など分からないものだ。知りたいのなら直接確かめるしかないな」
「でも、連れていかれた…」
「なら奪い返せばいい。場は整えてやろう」
「え…」
ベルの言葉に僕はやっと顔をあげる。
「毎度こう上手くいくと思うな。私は私の目的のために、お前はお前の目的のために、最初の契約だろう。お前にも諦められないものがあるのならこの手を取れ」
「ベル…」
「助けた後のことは助けた後に考えろ。もし現時点では他の奴の方がリアを幸せに出来るとしても、お前がリアを一番幸せにできるようになるまで精進しろ。今守れないものがあるなら死ぬ気で守れるようになれ。お前の望みは、何だ?」
僕の望みは…リアに笑顔でいて欲しい。
もう二度とあんな顔させたくない、リアが僕らと生きる世界が違うだなんて、そんなことあり得るものか。
あの子が笑うと周りも心が温かくなる、誰かが傷ついているのなら一緒に心を痛めることができる、そんな優しい子だ。
皆の幸せを守るために僕は強くなる。その皆の中にもうリアはいる。
なら、リアが心から笑えていないこの世界はクソだ。
その不条理をぶち壊すために、僕が出来ることは…。
僕は身体を起こし、ベルの手を力強く握った。
「行こう、ベル」
「無論だ、私もやられて黙っているのは性に合わんのでな」
僕は回復のし切らない覚束ない足で、されど確かに踏みしめて歩く。
まだ手を伸ばせるというのなら、何度だって伸ばしてやる。




