59話 守り、得た教訓
平日の昼間、僕は休憩がてら外に一人で出てペットボトルの水を煽っていた。
こうして太陽の下に出ると段々と夏が近づいているのが分かる。
中からは子ども達の喧騒が止むことなく聞こえてきて自然と笑顔にさせられる。
姉さん達との休日を過ごした次の週、学校自体は再開したが今日も深淵の再発予防の調査をするとのことで早帰りとなった。
そこで、弘人くんと話していた孤児院に行く約束を叶えようと、学校で話をつけて四人でここまで来たのだ。
元気度合いではうちの近くの孤児院と大差ないな。よく言えば超元気、悪く言えば元気過ぎる。
リア何してるかなぁ、と子どもに構っているとよく思い出す。
今頃はルビーと仲良くしてるだろうか。
結局あの後急いで屋敷に戻ったら家の前で姉さんたちは待っていてくれた。
「お、もっとかかると思ってた。やるねぇアカメ、お姉ちゃん嬉しいよ」なんてあっけらかんと言われた時は力が抜けた。
リアは一生懸命悩み、最終的にあのアルビノの猫はルビーという名前に決まった。
由来の元を知っているだけにちょっと歯痒いけれど、嬉しそうだったし何でもいいか。
「なんだ?えらく上機嫌じゃないか」
「お、弘人くん」
ボケーッと考えていると弘人くんも中から出てきて、僕の隣に腰を下ろす。
「ありがとなアカメ。あいつらも嬉しそうだ」
「今度弘人くんにもこっちの孤児院に遊びに来てもらうからいいよ。負けず劣らずパワフルだからね」
「そりゃ怖いな」
言葉とは裏腹にどこか愉快そうだ。子どもの相手するの好きなんだろうな。
僕は雲がほとんどない開けた空を仰ぎ見ながら、用意していた台詞を弘人くんに投げかける。
「それにしても、みんな無事でよかったよ。まさか弘人くんと京香さんが精霊教会の騎士だったなんてね」
思ったよりもすんなり出てくれて助かった。感付かれはしないと思うがどうしても緊張するのは仕方ない。
陽さんにちょっと聞いてみたが、仮面をつけていると少し認識阻害のような効果も発生しているらしい。
流石に僕ってバレていると何となく分かるらしいけど、何も知らないと気付けないくらいには阻害されてるっぽい。
弘人くんはこちらの様子に気づいていないように苦笑する。
「バレるのは仕方がないけど、正直やり辛いよ。好奇の目に晒されるってのは楽じゃないね」
「有名人みたいなこと言うじゃないか」
「からかうなよ。でもお前らは態度変えてこないから助かるよ」
弘人くんはここ数日のことを思い出してため息をつく。相当お疲れのようだ。
この調子だと京香さんの方も似たような感じなのかな?
深淵が形成された事件は、精霊教会に所属する若き二人の騎士がその身を賭して人命を守り、そして解決したと学校で伝えられた。
あの時深淵内にいた生徒からも特に異論の声が上がらなかったことからも、完全に僕のことは伏せられているのだろう。
当然だ、これで悪魔が安全かもしれないなんて思われても困るしね。
基本はヤバい奴しかいないのは僕も同意するところだ。
そして僕のことを公表できない以上、状況証拠的に弘人くんと京香さんがたった二人で深淵を攻略したということにするしかない。
期待のホープ、引っ張りだこなのも頷ける。
「ま、弘人くんと京香さんのおかげで皆無事だったんだ。その報酬と思えば悪くはないんじゃない?」
「じゃあほっといてほしいもんだよ。本当は…」
そこまで言いかけて弘人くんは口を噤んだ。
自分たちがやったわけじゃない、って言いたいのだろうか。
もしもそうなら気にしすぎというものだ。
僕だって弘人くん達に助けられたし、三人のうち誰か一人でも欠けていれば確実に死人が出ていた。
自分一人では守れなかったと思っているのかもしれないが、それは僕や京香さんにしても同じこと。
でもまぁ、反省するのは悪いことではないか。
それぞれが成長する必要があると痛感した深淵戦だった。それでいいだろう。
「弘人くん達の事情は知らないけどさ、何か思うところがあるんでしょ?」
「…あぁ」
「なら、そこに向かって頑張らないと。僕も自分のこと頑張るからさ」
立ち上がり、陽さん達のところに戻ろうとした時、「なぁ、アカメ」と呼び止められる。
「なに?」
「…いや、さ。変なこと聞くんだけど…悪魔ってどう思う?」
これまたぶっこんだことを…と表情が引きつりそうになるが努めて出さないように頑張る。
どう思う、ね。
どこか悩んでいるようだけど、今の僕の全てとして答えるわけにはいかない。
柊アカメとして答えられる範囲で力になれればいいけど。
「どう思うって…悪魔見たことないからなぁ」
「そこで無条件で悪い奴とか化け物とか言わない辺りがお前らしいよ…」
弘人くんは苦笑しながら僕の言葉を待つ。
「勿論僕だって怖いよ。それでも、やっぱり頭ごなしに否定することは避けたい」
「でも、そんな悠長なことやってたら…手が届かなくなるものだってあるだろ?」
「なるほど、そういう話か……そこは線引きだと思うよ。一切の被害を出したくないっていうなら、それを守れる自分の力の範囲を理解しておくのが大事かな。そのラインを超えそうになるならやむなしかもね」
「それは…諦めるってことか?」
「優先順位の話だよ。弘人くんは何のために戦ってるのさ。今悩んでいることは、君が守りたいものよりも大事なことなの?」
「……」
弘人くんは少し俯いて黙ってしまった。
京香さんほどではないけれど、少なからず弘人くんにも悪魔のイメージの崩壊はあったのだろうか。
だが、僕を見て悪魔にもマシな奴はいるのだと判断はして欲しくない。
それで弘人くん達の守りたいものが疎かになるのは論外だし、僕は僕で守りたいもののために戦う。同情や情けなんていらない。
「…でも、どうしても悩んでいることが諦められないっていうなら」
それでも悩む弘人くんに、僕が最近教えられている一つの真理を伝えようと眼を合わせる。
「強くなるしかないね、自分が望むもの全てに手が伸ばせるように。そうすれば全てが叶う」
「……難しいこと言うな」
「どうしてもって言うならの話だよ。そこは自分で決めなきゃね」
「なんだそれ」と少々憑き物が落ちたような表情を浮かべる弘人くん。
「お前も色々考えてるんだな。ちょっとすっきりしたよ」
「最近になってね。僕だってまだまだ悩みだらけだよ」
それでも、望みがあるなら進み続けるしかないんだ。
「…なんか、あいつに似てるな」
「ん?なんて言った?」
弘人くんが何て言ったのか聞き返そうとするが、その前に陽さんが悲鳴をあげながら窓を開けた。
「アカメぇ、弘人くん助けてぇ…パワフル過ぎて手に負えない。おんぶしながら腕立てするように要求してくるよぉ…」
僕らが居ない間に何があったんだ。
「はやくぅ…葵くんも限界だよ…」
「はいはい、良い運動になったね。自分で行くから引っ張らないで」
僕らが行ったところで何にもならないと思うけど…。
こうして、深淵事件によって降って来た休暇はゆっくりと終わっていくのだった。




