55話 アルビノ
土曜日の午前十時を回ろうとしている辺り、僕はいつも遊ぶ時に来ている大型のショッピングモールに来ていた。
しかし、どこか行くとなると毎回ここだな。それだけ便利ということでもあるのだが…今度皆と出かける時はここ以外の場所にしてみようかな。
中にはペットショップもあるし、他にもリアに色々見せたいからここを選んだ。
リアと姉さんと約束した次の日に陽さんと葵くんにも遊びに誘われたが、ブッキングしてしまうため断念した。
二人でどこか行くようだし、そちらはそちらで楽しんで貰いたい。
しかし、今更になって心配になってきたぞ…。本当にここでよかったのか…。
もしかしたらあまり人が多いところはリアが心配になってしまうかもしれない…そうでなくとも人の多さに圧倒されて目を回してしまうかも…。
猫カフェとか…猫じゃなくても動物と触れ合えるところに連れて行った方が良かったのでは……。
いや、休日だったら割とどこでも混んでいるだろう…ならどこに……
「えいっ」
「あだっ」
顎に手を置いてうんうん唸っていると、後ろからコツっとチョップが飛んできた。
振り向くと、リアを片手で抱えながら手刀の手の形を作っている姉さんと、日傘を両手で持ってキラキラした眼で僕を見ているリアがいた。
「お兄ちゃんっ!」
「これから楽しもうっていうのに何考え込んでるの?全く仕方のない弟ね」
はいはいごめんね姉さん、と普段なら呆れて返しつつリアとお喋りするところであるが、僕は二人をぽーっと見つめてしまう。
「え、何?どうしたのアカメ?」
「……いや、あの屋敷の住人って日が出てる時に外出れるんだなぁって」
何言ってるんだこいつ?みたいな眼で見られるが仕方ないだろう。
ただでさえ日陰者だし、夜中にしか基本会わないし、会うとしても屋敷の中だし。
こうしてお天道様の元で会えるなんて想像してなかったのだ、そりゃ変な気持ちにもなる。
「リア、元気?ここまで来るの大変じゃなかった?」
「大丈夫!お姉ちゃんがぶわーって連れてきてくれた!」
「お、おねっ!くっ!」
レイお姉様の様子がおかしい。だが無視だ。
どっかの性悪山羊野郎と違って首根っこ掴んで運ぶなんて姉さんはしないだろうから、快適な楽しい移動だったのだろう。よかったよかった。
「じゃあまずはペットショップかな?猫さんに会いに行こうか」
「猫さん!行く!」
「よぉし!お姉ちゃんに任せなさい!」
眼を輝かせるリアと何故か一段と元気になった姉さんの後ろを、やれやれとばかりに僕はついていった。
「わ、わ、わぁー!」
ペットショップにつき、実際にその光景を目の当たりにしたリアが可愛い声を出している。
動物よりも僕と姉さんはリアにしか眼がいかない。可愛すぎるだろうちの子。
その様子を見ていた店員さんが僕らに近寄ってくる。
「ふふっ、どんな子を飼いたいとかありますか?」
「あぁいえ、この子が猫を見たがっていたので。飼う予定はないんです」
「なるほどそうでしたか」
店員さんは姉さんからリアに視線を移し、しゃがんで目線を合わせる。
「よかったら抱っこしてみる?」
「え、あ、えっと…いい、の?」
「もちろん、どの子がいい?」
遠慮がちではあるが抱っこはしてみたいのか、「えっと、えっと…」とキョロキョロしてみた末に「あの子!」と三毛猫を指差した。
店員さんは手際よくケースから猫を抱えると、リアの目の前でしゃがむ。
「可愛いでしょ、大事に抱っこしてね」
「お姉ちゃんと抱っこしよっか」
「うんっ!」
初めて見て、初めて触る生き物に恐る恐るといった様子だったが、腕の中にすっぽりと納まるとその温かさや毛並みの良さに落ち着いたのか幸せそうな顔をする。
姉さんが顎の下を撫でると猫は目を細めてゴロゴロ喉を鳴らす。それを見様見真似でリアもやり、猫は気持ちよさそうにしている。
「かわいい…」
「可愛いねぇ…」
姉さんに関しては猫に対してだけじゃなさそうだけど、まぁどっちも幸せそうだからいいか。
それにしても色々な子がいるなぁ、猫だけでもこんなに…
そうして見渡していると、視界の端に映った猫に自然と視線が吸い寄せられた。
「……。店員さん、あの子は」
「はいっ、……あぁ、この子ですか」
その猫は、白い毛並みに赤い目を持っていた。
白猫は他にもいる。なのにも関わらず他と違うように映るのは、赤い目のせいなのだろうか。
「アルビノって知ってますか?」
「確か、遺伝子の異常で色素が作られない個体…でしたっけ?」
「はい、そしてあの子がアルビノの個体です」
姉さんとリアもいつの間にか他の店員さんに猫をお返ししてこちらの方を向いている。
そのアルビノの猫はこちらをジッと見つめた後、後ろを向いて丸まってしまった。
リアは姉さんを引いてショーケースの前まで歩いていき、どこか心配そうにそのアルビノの猫を見つめている。
「このアルビノの子、いつからここにいるんですか?」
「確か、一年ほど前だったと思います」
「…何となく理由は察しますが、アルビノは希少個体という見方も出来るでしょう?何故売れてないんでしょうか」
店員さんはかぶりを振る。
「一つは値段ですね。お客様が言われた通り希少個体ですし、この子は目鼻立ちが美しいので、それ相応の価格が付きます」
姉さんが下がっている値札をちらっと見る。
「本当だ、中々いい値段するわねこの子」
僕もチラッと覗いてみたが、左端の数字が他の猫と違うというところで見るを止めた。とりあえずめちゃくちゃ高いということだけ分かった。
「二つ目は、ただの希少性にだけ着目して飼いたがるお客様はお断りしているからです。アルビノは通常の個体よりも繊細なので、ちゃんと面倒を見れる人でなければだめです」
店員さんがリアの隣にしゃがみ、アルビノの猫を見つめる。
「そして最後に…赤い目ですから。敬遠する人は敬遠してしまいます」
店員さんはどこか悲しそうな目をしているが、僕と姉さんは至って冷静だった。
それはそうだ、全部の場所が同じとは言わないが、少なくともこの国で赤い眼がどんな扱いを受けるのかなんて、姉さんは長く生きてきて痛いほど知っているだろうし、僕だってある程度は分かっている。
直接何かされたわけじゃなくても、全員の根底にある考え方として赤い眼は不吉の象徴なのだ。希少個体であることも人間の赤い眼と同じだし、疎む人は多いだろう。
「しょうがないんです。誰も飼ってくれなかったら最後は私だけでも一緒にいてあげようかなって、そう思ってます」
店員さんはニコッとこちらに笑いかけ、別のお客さんの対応に行ってしまった。
その笑顔の、どこか漂う寂しさがやけに記憶に残った。
リアはしばらくアルビノの猫を見つめていたが、一向に動かず丸まり続けているのを見て諦めて姉さんに抱っこを要求する。
「リア、アイス食べにいこっか」
「…うん」
歩き始める姉さんに僕は無言で並び、リアの手を握った。
子どもながらに、何となく分かっているのだろう。
あの猫が自分と同じく不遇な扱いを受けているであろうこと、飼いたいという話をしたら姉さんに迷惑がかかるであろうこと。
それでも、優しいから気になってしまうリアに、僕はこうすることしか出来ない。
僕はお金だって工面できないし、飼うとなったらあの屋敷になる。そうなると決める権利を持っているのは姉さんだ。僕が口を挟むことじゃない。
姉さんの横顔をちらりと覗くと優しい眼でリアを見ていた。
そして勝手な解釈だが、どこか期待しているような眼をしていた。




