54話 姉と兄の作戦
そのまま廊下を歩き進めていくうちにシアさんのいる厨房に着いた。
中を覗くと、相変わらずレイ姉さんの為のお菓子を仕込んでいるらしい。
「こんばんはシアさん」
「あ、アカメくんこんばんは。リアちゃんもいらっしゃい」
「うんっ!」
リヒトさんと違いシアさんには随分となついているようだ。やっぱりリヒトさんそのものに問題があるみたいだな…。
「何作ってるんですか?」
「今はパウンドケーキですね」
リアと一緒にオーブンの中を覗くと美味しそうなケーキが膨らんでいるのが見え、リアが眼をキラキラさせる。
「ふふっ、ちゃんとリアちゃんの分も作ってありますよ」
「い、いいの⁉ありがとう!」
「遠慮しないで、沢山食べてください」
肩の上でご機嫌そうに揺れ始める。いっぱい食べるといい。
まだたった一日しか経過していないが随分とこの屋敷の住人と馴染んだようだ。
奴隷だったという話だから人間に対する基本的な信頼が出来上がってないことも考えていたけど、どうやらその不安は杞憂だったのかもしれない。
自分から言い出すことは難しいけれど、こうして周りから提案されればちゃんと喜んで受け入れられるぐらいには心を許すことが出来ているようだ。
是非ともリヒトさんにもリアの笑顔を引き出せるよう頑張って頂きたい。
そこで今日シアさんに渡そうと思っていたものを思い出し、手提げの袋を差し出す。
「シアさんこれどうぞ」
「何ですか?」
「クッキーの型です。色々なのあった方がリアも喜ぶかなって」
以前作っていたクッキーはとても美味しかったが、姉さんが主に食べる人だったため形にこだわる必要はなかった。
けど今はリアがいる。少しでも楽しんでくれるようにとここ用に型を買ってきたのだ。
「わぁこんなに沢山!ありがとうございます!でもこの細かい型は何ですか?」
「それは超速変形機動要塞デラックスカイザーですね」
「ちょう……なんて言いました?」
カイザーの型は保母さんに貰ったのだ。
まさかあの保母さんの実家が鋳物師だったとは、買ってきたのではなく自作だとは誰も思うまい。
お礼として譲り受けたが僕では持て余すのでシアさんに使って貰おうというわけだ。
まぁシアさんも困惑しているようだが何とかなるだろう。
リアが僕の肩を降りてテーブルに広げた型を椅子に座って物色し始める。
そして一つの型を手に取った。
「…これなに?」
「それは猫さんだね」
リアが首を傾げる。まさか見たことないのか。
勝手に湧いてくる悲しみを抑え、僕はスマホを取り出して猫の写真を見せる。
そのスマホにも興味津々ではあったが、とりあえず今は猫だ。
「これ、これが猫さんね」
リアが猫の写真をマジマジと見つめ、自分の持っている型と見比べてキョロキョロしている。
やがてぱぁっと顔を輝かせ僕の方に型を見せつけるように持ってくる。
「ねこさんっ!」
「うん、猫さんだ」
いつか、本物の猫を見せてあげたいな。
ただ、今の魔力操作が出来ない状態で街の方に行ってしまえば危険に晒すことになる。それだけは避けなければならない。
今は我慢だ…と思い、気を紛らわすためと将来の楽しみを増やすという意味で今度は犬の写真を見せる。
「そしてこれが犬さんです」
「あるま!」
犬を見るなりアルマくんの名前が出てきたので思わず吹き出してしまう。
まぁ確かに最初に柴犬とかじゃなくて狼の写真を押してしまった僕も悪いけど…これは…ぷっ。
見ればシアさんも堪えるように笑っている。
リアはどこ吹く風で猫と犬の型を持ってウキウキしている。
「それ、あげようか?」
「いいの⁉」
そんなに気に入ったのならいくらでもあげようじゃないか。また買ってくればいいんだし。
まさか貰えるとは思ってなかったのかリアはさらにご機嫌になって僕に抱き着いてくる。
「お兄ちゃん好きぃ!」
「お兄ちゃんもリアが好きだよ」
「ほんと!」
「もちろん」
一層胸に顔をすりすりしてくるリアを少々照れくさいながらも抱擁し返す。
その様子をシアさんは微笑ましそうに見ている。
「本当の兄妹みたいですね」
「それ、フレイとリナさんにも言われましたよ」
「じゃあお姉ちゃんたる私も混ぜて!」
「えっ」
突然後ろからレイ姉さんにリアごとフワッと抱き着かれる。
いつの間に、全く気づけなかった…。
相変わらずと呆れればいいのか実力の差を嘆けばいいのか、反応に困るよ…。
僕のそんな心情は関係ないとばかりに機嫌が良さそうに僕たちを抱きしめてくる。
「姉さん、どうしてここに?」
「リナ達から聞いたの、多分ここにいるって」
「普通に近づいてくればいいのに。何で忍び寄ってくるのさ」
「お姉ちゃん抜きでイチャイチャしているアカメとリアにいたずらしたくなるのは自然じゃない?」
この人は本当にブレないな…。
リアもキョトンとしながら姉さんの頬擦りを受けているところをみると嫌ではないのだろうな。少々変わっているだけで邪気はないのが分かるのかな?
リアは「あうぅ」と声を漏らしながら姉さんの攻撃を受けた後、バッと猫の型を掲げる。
「猫さん!」
「ん、おぉ猫さんだ。貰ったの?」
「うんっ!」
「そっかぁ、いいねぇお兄ちゃん優しくて」
「へへぇっ」
可愛いな、ダースで買って来てあげようかな?
いやいや落ち着け欲しいわけないだろう、買うなら普通に玩具だ…。
ソフビとかいいかなぁ、ユウのと一緒に何個か買って来てあげようかなぁ…などと親戚のおじちゃんのようなことを考えてしまう。
「これあるま!」
「んん?ぷっ…ね、ねぇアルマだねぇ…くふっ、ふふっ……」
「姉さん何で笑ってるの?アルマくんに失礼じゃない?」
「い、いや、これはアカメも笑ったはずでしょ!」
「証拠は何処に?」
全く姉さんも失礼なものだ、うちの師匠にむかって…ぷっ。
シアさんも僕に合わせて知らぬ顔を決め込んでくれている、流石だ。
心の中でしてやったりと愉快になっていたが、そこで僕はあることをフッとひらめいて悔しそうな顔をする姉さんに向き直る。
「姉さん相談なんだけど。リアとどうにか外に遊びに行けないかな?」
「どうして?ここ嫌になっちゃった?」
姉さんは心配そうに聞くがリアは首を横に振って否定する。
「そうじゃなくて……ちょっとこっち」
万が一にでもリアが傷ついたら嫌だと思い、姉さんを部屋の角っこに呼ぶ。
「…リアは本物の猫を見たことがないらしいんだ。奴隷だったこともあって限られた世界でしか生きられなかったのかもしれない。だから、どうにかして見せてあげたくて」
「…ふむふむ、なるほどねぇ」
姉さんは少し思案した後、笑顔で僕の方を向く。
「うん、出来るよ」
「ほんと!」
「私がリアちゃんの魔力を隠せばいけるよ。ただ、ベルほど上手くできないからずっとくっついてなきゃいけないけどね」
姉さんほどでもそうなのか。ベルってやっぱり凄いんだな。
「じゃあ、お願いできるかな?姉さんの都合がつく時でいいから」
「じゃあ今週の土曜日だ。昼から集合ね」
「え…いいの⁉」
ここの住人とは夜中にしかあったことがないため、日中の選択肢が頭から抜け落ちていた。
いやでも、そもそも夜中に子どもを連れ回すのは倫理的にアウトか。いくら悪魔とはいえ。
「もちろん、やるならとことん楽しもうじゃない」
姉さんはそう言ってウィンクすると、リアの方に向かって提案をする。
リアは不安そうな眼をするも、僕や姉さんも一緒ということもあって嬉しさの方が勝っているようだ。
よし、気合を入れるぞ。全力でお兄ちゃんを遂行するんだ。




