52話 少しずつ積み上げたもの
「アカメくん、何だか機嫌よさそうだね?」
「え、そうかな?」
リアちゃんとフレイさんを助けた翌日、葵くんにそんなことを言われた。
あまり自覚はなかったけれど、多分きっとそうなのだろう。
考えてみればこれまで奪うことはあっても助けることは少なかった。
今回の一件はいわばヒーロー的な行いが出来た稀有な例と言っていい。
悪魔なんて立場にある僕だ。毎回こんなことが出来るなんて夢にも思わないが、たまにならこういう思いをしたっていいじゃないか。
「分かるよアカメ、お菓子は心を明るくするよね」
「そうだね陽さん、分かってないけど」
エプロン姿の陽さんが見当違いなことを言ってくる。
本当に、どうして甘いものが関わると陽さんはアホになるのだろうか。いつもだったら僕の心を汲んできそうなのに。
そこも含めて陽さんの可愛いところか、と割り切りつつ正面にいるエプロンを来た大量のちびっ子を見据える。
皆口々に「まだぁ⁉」とか「お腹空いた!」とか「あらあらアカメくん…」とか「早くやろうよぉ!」とか聞こえてくる。
途中保母さん達の声が聞こえてきたが無視だ。
「じゃあ…お菓子作りたい人ぉ!」
「「「はーい‼」」」
流石、ノリが良くて大変よろしい。
「お菓子食べたい人ぉ!」
「「「はーい‼」」」
「お姉ちゃん達に教わりたい人ぉ!」
「「「はーい‼」」」
「お兄ちゃんに教わりたい人ぉ!」
「「「……」」」
うむ、お笑いが分かっていて大変よろしい…。
「じゃあこれからクッキーを作っていきます。皆には型抜きを使って頑張って貰うから、それまでお姉ちゃん達の作ってるところ応援してみよう!」
「「「はーい‼」」」
元気な返事とともにキッチン台の前にわらわらとちびっ子が集まってくる。
「わ、緊張しちゃうなぁ」
「大丈夫だよ葵くん。型抜きとか失敗しても私が食べてあげるから」
「それだと焼く前のものを食べることになるけど…」
二人とも楽しそうで良かった。陽さんも体調も問題ないみたいだし。
学校は深淵が出現した件を本格的に教会が調べるために一週間程休校になった。
その休みを利用して、こうして三人で孤児院にお邪魔して子どもたちと楽しんでいるというわけだ。
陽さんを含め、深淵内部に囚われた生徒は特に影響はなかったようだ。
深淵を形成出来る程の邪霊となると生身の人間に与える影響も無視出来ないものとなり、上位悪魔クラスともなれば溢れ出す魔力の本流だけで死人が出るともベルに教えられた。
やはり今回現れた人型の邪霊はそこまで強いものではなく、言ってしまえば本来深淵を形成できるほどの実力もなかったということになる。
だとしたら何故…偶々というには場所がピンポイント過ぎる。
いくら学校という人が集まるエネルギーが溜まりやすい場所だとしても、何の予兆もなくあんなことが起こるわけがない。
脳裏に明確な目的を持って僕を襲ってきた悪魔どもがちらつく。
確か主人とか主だとか言っていたな…誰かが後ろで糸を引いている可能性は大いにある。
何故僕を狙う?赤い眼を持っているからか?目的は何だ?今度は何をしでかしてくる?
ベルやレイ姉さんを狙わないのは強過ぎるからか?
だとしたら、僕だけじゃなくて……
「アカメにいちゃんどうしたー?」
幼く無垢な声で現実に引き戻された。
声の方向を見やると鼻水を垂らした男の子がこちらをボーッと見ている。
いけないいけない、考え込んでしまったようだ。
難しいことは抜きにして楽しもうと陽さんと葵くんと約束したじゃないか。
「何でもないよ。ほら、もうすぐ型抜きだ」
ポケットに入れてあるティッシュで鼻水を拭き取ってあげて背中を押す。
葵くんがクッキーの生地を事前に家で仕込んできてくれたようで後は持ってきたクーラーボックスから出すだけの状態であった。
「型抜き!きょうりゅうのある?」
「探してみようか」
「猫さんのある?」
「あると思うよ」
「超速変形機動要塞デラックスカイザーは?」
「流石にないんじゃない?」
よく噛まずにスラスラ言えたな、超速…なんだって?
「じゃじゃーん。この日のために見つけておきました!」
「あぁ!かいざー!」
あるのかよ。
いや細かっ、これ型抜き出来たとしてもちゃんと焼けるのか…?
しかも何で売ってるんだよ、保母さんどこで見つけてきたんだこんなの。
「みんなー、好きな型を持ってくださーい」
デラックスカイザーに夢中になっている間に葵くんと陽さんが準備を整えてくれたらしい。
ちびっ子達が皆思い思いの型を持ってぺったんぺったん型抜きしていく。
「かわいー!」
「できた!きょうりゅう!」
「かいざーうまくできないよぉ…」
「先生と一緒にやってみようか」
反応は様々だが皆一様に楽しんではくれているようで、僕たちの顔も自然と明るくなる。
粗方型抜きが終わり、焼くために綺麗に並べて予熱が終わったオーブンへと入れた。
「よしっ、じゃあ焼けるまでちょっと時間がかかるのでその間に手を洗ったりしてきてね」
「「「はーい!」」」
うん、葵くんの言うことを聞いて素直でいい子達だ。
と、思っていたらエプロンの裾を引っ張られた。
「ねぇねぇアカメにいちゃん」
「ん?どうしたの?」
「昨日段ボールで電車と線路作ったんだ!物置に置いてあるから見に行こうよ!」
「今?でもクッキー焼け」
「いいから!」
「わ、分かったから!とりあえず手洗ってきなって!」
あの状態から何故か顔まで汚しているのだから子どもは恐ろしい。どうやったんだ。
焼き待ちの間に僕は作品発表会を見せられ、葵くんと陽さんは子ども達と一緒に焼けていく様子をほんわか見ていた。
十五分程で焼き上がり、沢山のクッキーを大皿に盛って長机の真ん中に置いた。
「皆自分のクッキーは取ったかな?それじゃ、いただきますっ!」
「「「いただきます!」」」
陽さんの号令で皆一斉に食べ始める。
僕はさらに置かれたデラックスカイザーをマジマジと見つめた。
まさかこんなに綺麗に焼けるとは…あの型欲しいな、何処に売ってるのか保母さんに後で聞こっと。
「ねえねえアカメにいちゃん」
またもやデラックスに夢中になっていると横から声をかけられる。
「どうした?もっと欲しいなら大皿から」
「これ、僕が型抜きしたの」
そう言って犬の形の可愛らしいクッキーを見せてくる。
「そうなのか。凄いな綺麗に出来たじゃないか」
「これ、あげる」
「え?」
まさか貰えるとは思わず固まってしまうが、目の前の子はどこか満足そうであった。
「あ、ありがとう。大事に食べるね」
「うん!」
「あ、アカメにいちゃん僕のも!」
「私のも!」
「わわっ、み、みんな?」
その子を口火に次々に皿にクッキーを載せられる。
え、何で…美味しくなかった?
いやいや葵くんが作ったんだからそんな訳……でもなんで?
困惑して陽さん達の方を見ると、あちらも何人かにクッキーを皿に載せられていた。
「ふふっ、分からない?アカメくん」
「え、はい…みんなどうして…」
保母さんは察しの悪い僕が何処かおかしいのか微笑むような優しさで笑う。
そうして、保母さんもも僕のさらにクッキーを載せながら子どもを見渡した。
「みんなアカメくんに感謝してるのよ、いつも遊び相手になってくれたりお菓子をくれたり。勿論陽ちゃんや葵くんにもね。だからこれはこの子達からのお礼だと思って」
そう諭され、改めて子ども達の方を見ると何処か誇らしげないい笑顔をしていた。
思わず感情を動かされ、勝手に眼に水が溜まりそうになる。
「あれぇ?アカメにいちゃん泣いてるの?」
「どこかいたい?」
「な、何でもないよ!それよりお前ら飴あげるぞ!」
「え、アメ⁉やったぁ!」
「でもアカメくん今クッキー食べてるのよ?」
「いいんです!保母さん達にも配りますからね!最近は段々暑くなってきたし塩分補給ちゃんとしないと…」
「あらあら、そうね。ふふふっ」
誤魔化すように慌てて塩レモン味の飴の袋を鞄から引っ張り出す僕の心を見透かしたように保母さんは笑うのであった。
「「「ばいばーい!」」」
「またきてねー!」
子ども達と保母さん達に見送られて僕らは孤児院を後にした。
かなり楽しんでもらえたし、この分なら弘人くんのところでやっても問題ないだろう。
何処か達成感のようなものを感じながら少し歩いたところで陽さんが振り返る。
「よかったね、アカメ」
何が?なんて白々しいことは言えなかった。
「…うん。感謝されたくてやってたわけじゃないけど、あぁやって言われるのは素直に嬉しいよ」
「私もうちのアカメがあぁやって感謝されてるのを見て鼻が高いよ」
「ぼ、僕も!アカメくんが認められてるの見ると嬉しい!」
陽さんに続けて葵くんにも本当に嬉しそうにそう言われ、照れ隠し混じりのありがとうを返す。
いつかあの子達も大きくなっていくんだろうけど、たまに思い出されるような、そんな人物になれていると嬉しいな。
そうして子ども達のことを考えていると、リアちゃんのことが浮かんだ。
…今日屋敷に行ったらシアさんのお菓子作り手伝ってみようかな。




