47話 深淵攻略
危なかった…本当によく生きていてくれた。
今日は本当にギリギリだな、細い綱の上を曲芸している気分になる。
だが、正直ここまで引っ張るのが最善であったと今にして思う。
まさか僕のフェイントを学習してそれを実践してくるとは…本当に知能が高い。
こいつが油断してくれるまで待って正解だった。
こいつが弘人くん達を吹き飛ばした瞬間に最後の広範囲殲滅を行い邪霊を一掃し、魔力隠蔽を用いて気配を消して回り込んだ。
そして、こいつがとどめを刺そうと油断する一瞬、急所に一撃を加えたというわけだ。
人型は驚愕している様子だが、そんな余裕があるのかな。
僕はナイフを捻じり完全に核を破壊したことを確認すると、すぐに引き抜いて弘人くん達の壁になるように立つ。
人型の身体の崩壊が始まる。
僕を憎たらしい目で睨んでいるが、もはやお前ではこの場にあるものを何一つ奪うことは出来ない。
僕は勿論、弘人くん達も僕が守っているし陽さん達の周囲に邪霊は居ない。今更生み出したところでお前が居なくなれば深淵は機能を停止する。邪霊の攻撃も届かない。
「詰みだ」
「ガアァァァア!」
人型が最後の抵抗として僕に向かってくるが、それも虚しく終わる。
攻撃が届く前に人型の身体は魔力の粒子となり、霧散していった。
……終わった。
人型が居なくなったことにより深淵の崩壊が始まる。
段々と外の世界との境界がなくなっていくようで外からサイレンが聞こえ始める。
外には精霊教会の騎士がきているようだ。逃げなくては。
「ま、待って!」
無言で立ち去ろうとする僕を京香さんが引き留める。
「なんだ」
「あ、えっと……礼を言うわ。助けてくれてありがとう。貴方は他の悪魔とは何処か違うようだわ」
「それはどうだかな…」
「ちょ…なんでそんなこと言うのよ!」
勇気を出して言ったことをため息混じりに否定されたからか、京香さんは腕を振り上げて怒る。やめなよ傷に障るよ?
「私とて自分を正しいとは思っていない。お前の言う悪である悪魔と同じような行動を取ることだってあるかもしれない」
「で、でも…」
「私が正しいか、それはこれからお前が成長していく中で見定めればいい。今決める必要はない」
「……分かったわ。もし悪であると断じたならば斬って捨ててやるわ」
「やれるものならやってみろ」
「見てなさい!」と息巻く京香さんを尻目に今度こそ立ち去ろうとすると
「悪魔狩り」
「……なんだ今度は」
弘人くんの方にも呼び止められた。
「お前は何を考えている。お前の目的はなんだ?」
「…それを聞いてどうするんだ」
「お前は他の悪魔とは違う気がするんだ。俺も京香と同じように、お前が何なのかを知りたいんだ」
随分熱烈な想いを抱かれたものだなぁ…。
僕は少々考えるような素振りをし、そして後ろを向いて歩き出す。
「どうしても知りたいというのなら、戦い続けろ。自分の正しいと思う道を選択し続けろ。そうすればいつかまた会える」
それだけ言い残して今度こそ姿を消した。
対したものなんて何もない。ただ、僕は僕の守りたいものを守るだけだ。
残された弘人と京香はそれぞれの想いを胸に宿す。
自分の道を突き進んだ末に、また会えると信じて。
つっかれたぁ……何とかバレずに済んだ……。
魔力隠蔽を全力で用いて教会の包囲網を搔い潜った後、急いで屋上で着替えて皆が避難している場所にそそくさと戻っていった。
葵くんに何も言わずに向かってしまったので発見された時は凄く問い詰められたが、何か出来ることはないかと必死に駆け回っていたという言い訳で何とか通した。
程なくして深淵に囚われていた生徒たちが騎士達に守られながら姿を見せた。
見たところ、怪我人は複数いるようだがやはり死者はいなかったようだ。
よかった……怪我をした人も教会には治癒を施してくれる人がいるって聞くしすぐによくなるだろう。
万事解決…そう思っていたが、陽さんと目が合ってジト目を向けられた。
「陽ちゃーん!上谷さん!大丈夫⁉」
葵くんが心配で駆け寄ろうとしたが、騎士の人に止められていた。
深淵に囚われていたことによる後遺症やトラウマをケアするために簡易的な検査をするらしいので、友人同士でのお喋りはその後とのことだ。
騎士に連れられて行く陽さんにずっとジト目を向けられていたので、これは戻ってきてから長くなるぞ…と今の内から覚悟をする羽目になる。
教会による校庭の魔力反応の確認が終わり、安全性がひとまず確認されたのでそれぞれの教室での待機が命じられた。
まぁこの調子なら本格的に調べるために早帰りになるだろう。もしかしたら暫くの間休校になるかもしれない。
終わってみれば死者はゼロ。それでも消えない不安をどうにか払拭しようとクラス中でもし休みになったら遊びに行こうとか、夜更かししてネットゲームやり込もうなんて声が聞こえてくる。
葵くんも例に漏れず僕についさっきまで話していたお菓子作りの話を持ち出してきたので話に花を咲かせていると、深淵に巻き込まれた生徒たちが教室に入って来た。
何人か居ないのはきっと、怪我を負ってしまった人達だろう。
もっと早く向かうことが出来れば…と思わなくもないが、そこまで自分のせいにしていては僕の方がもたないため仕方がないと割り切る。
その中には陽さんの姿もあった。
「陽ちゃん!大丈夫だった?怪我は?上谷さんも大丈夫だった?」
葵くんが心配から駆け寄って質問攻めをする。
陽さんは少々困ったようにしながらも気持ちを受け止めて優しく対応する。
「大丈夫、何ともないよ。桜さんも無事」
「そっ…かぁ……よかったぁ……」
そこでようやく力を抜くことが出来たのか膝から崩れ落ちそうになったので慌てて支える。
「葵くん大丈夫⁉」
「ごめん平気。ちょっと力抜けちゃって…。それにしてもびっくりだよ。まさか弘人くんと京香ちゃんが精霊教会の騎士だったなんて」
葵くんの言葉を受け、何故か陽さんが僕をジト目で見てくる。
「えぇ本当に。二人が助けに来てくれなきゃ危ないところだったわ」
若干言葉がカタコトというか、棒読みというか……とりあえずその目止めれない?
「凄いよねぇ、二人とも強かった?」
「エェホントウニ、スゴクツヨカッタ」
分かってるから、危ない橋を渡った自覚はあるから……。
陽さんはため息をつき、僕の腕の裾を掴む。
「葵くん、ごめんだけどちょっとアカメ借りてくね」
「え?うん、大丈夫だけど」
ぽかんとする葵くんから了承が得られた陽さんは僕を引っ張って廊下に出る。
そのまま屋上へ一直線に向かい、誰も居ないことを確認すると扉をバタンっと閉めた。
「えぇっと…陽さん」
「…むっ」
一文字と表情で不満を表現し、そのまま無言で僕の胸をポカポカ殴り始める。
「は、陽さん…あの、これは必要なことだったというか…」
「むー…」
「し、しょうがなかったんだよ!それに僕が行かなかったら危なかったでしょ⁉」
陽さんはそこで殴るのを止め、抱きしめてくる。
「…分かってるよ。アカメが来なかったら皆死んじゃってたかもしれない。本当にありがとう」
「……うん」
「でもそれと心配は別の話!あの変な黒い膜みたいなのが消えてから教会の騎士が周りを囲んでるのを見た時、気が気じゃなかったんだからね!」
「ご、ごめんって!」
実際魔力もカツカツで上手く気配を消せるか心配だったが、油断していたとはいえシアさんにも通じた僕の魔力隠蔽だ。人型にも通じたし身を隠すのなんて訳ない。
ただ、陽さんの言う通りそれと心配は別なのだろう。僕だって同じ立場なら気が気じゃない。
「……アカメがどんどん離れていってるようで嫌」
「え?いやそんなことは…」
「私の知らないところでアカメはたくさん苦しんで…それでもこうして助けに来てくれる。私もアカメを支えたいのに、最近はずっと助けて貰ってばっかりで…」
…そんなことを、思わせてしまっていたのか……。
違うんだ、支えて貰っているのは僕の方なんだ。
「違うんだよ、陽さん」
僕はゆっくりと言葉を紡いで伝えるように話す。
「僕が頑張れるのは陽さん…皆が居るからなんだ」
「…本当?」
「勿論。皆が僕の居場所を作ってくれるから。ここに居ていいって僕を受け入れてくれるから。僕はその幸せを守るために強くなれる。陽さんが居るから僕は辛い選択も出来るようになるんだ。……だから、その…そんな顔しないでよ」
「……泣いてない」
陽さんは半泣きになった表情を隠すように僕の胸に顔を埋める。
泣いてるなんて言ってないんだけどなぁ…と何処か温かい気持ちになる。
「でも、最近陽さんこういうこと多いよね」
「誰のせいだ!誰の!」
お、ちょっと調子戻った。
上目遣いで睨みつけられたまま抱きしめられた腕を強められるが、そんなもの痛くも痒くもない。
「そういえば、あのアカメの口調ってベルさんのこと意識してる?」
「え、あぁ…意識はしてなかったけど知らぬ間に寄ってたかも」
悪魔という単語を聞けば反射でベルのことを思い浮かべるぐらいにはあいつの印象は濃い。
悪魔として動くことを考えた時にあいつに寄っていくのは必然なのかもしれない。能力一緒だし。
「意外と似合ってたよ。悪趣味な仮面も相まって様になってた」
「あ、あくっ…それに似合ってたって……」
あの性悪と同じ扱いをされるのは非常に不本意だ。
あれ、力も悪趣味な仮面も同じでいよいよ振る舞いまで同じとなってくるとベルと僕ってニアリーイコール…
「いやいやそんなはずは…」
「そういえば京香さんに説教みたいなのもしてたね。見てて冷や冷やしたよ」
「あぁ止めて!今思い出すとあらゆる振る舞いが凄く恥ずかしくなってきた!」
精神攻撃は聞いてないぞ…凄く効くから勘弁してくれ……。
僕が悶えているのがお気に召したのか、次から次へと深淵内での出来事を掘り返してくる。
僕は観念したように大の字に倒れ、精神攻撃を受けながら空を仰いだ。
透き通るような青を見せる空が、いつもより高く見えた。




