43話 窮地
(急げ!急げ急げ急げ‼)
阿鼻叫喚で逃げようとする人の波を逆側に走り、屋上へと続く階段を駆け上がる。
屋上に着くと持ってきた鞄の中からいつも使っている黒色の動きやすい戦闘服を取り出した。
今日は間違って学校にこの鞄を持ってきてしまい内心冷や汗ダラダラだったが、まさか役に立つとは思わなかった。
流石に制服で出て行くわけにもいかないから、今回ばかりは自分のミスを褒めてあげたい。
急いで制服から着替え、コンタクトを外していつもの悪魔としての活動モードになると屋上から深淵を見下ろす。
正直恐ろしい。
中に入ったら陽さん以外にもこの姿を見られることになる。バレはしないまでも悪魔として姿を晒すことには抵抗がある。
そして弘人くんや京香さん。一歩間違えばそのまま敵対だ。
三つ巴の状況になってしまえば救えたはずの命まで救えなくなってしまう。
それだけじゃない、中はどうなっているのかは入ってみないことには分からない。
…もしかしたら、全員死ぬかもね。
「…それでも」
陽さんを失うことだけは、どうしても耐えられない。
手を伸ばせば届く距離にいるというのなら、僕の身などいくらでも賭けようじゃないか。
髑髏の仮面を形成する。その瞳は赤く輝いていた。
屋上から誰の目にも映らない位置へ飛び降り着地する。
そのまま限界まで加速できる体勢を整え、なるべく人目につかぬよう一気に加速して深淵の中に突撃していった。
待っていて、必ず助けるから。
・・・
弘人が深淵の中に入ると、そこは阿鼻叫喚の地獄であった。
外と内は断絶されているので分からなかったが、中は悲鳴が飛び交い、血を流して倒れるものや深淵の壁を叩いて何とか逃れようとする者など様々である。
そんな状況を目の当たりにして、俺は絶望に近い感情を抱いた。
(数が多過ぎる…)
討伐すべき邪霊の数も、守るべき生徒の数も。
見習い程度の京香と俺、二人でこなせる許容量を遙かに上回っていた。
極めつけは中心に座す人型の邪霊。
(なんだあの邪霊は…)
深淵を形成する程の邪霊は悪鬼のような形ではなく、実に様々な姿があることは確認されている。
だが、目の前にいるボスのような邪霊は深淵を形成出来る程の力を有しているようには見えなかった。
勿論弘人や京香よりも強いのは確かではあるが、過去の深淵被害の記録を読む限りこの程度ではないはずだ。
(なんだ…何が起こっている…)
何か得体の知れないものに這われているような気がして必死に思考を巡らせるが、そんな暇を与えてくれる状況ではなかった。
「弘人ッ!何してるの⁉」
「ッ!」
京香に叱咤され、正気を取り戻した俺は生徒に襲い掛かる邪霊の掃討に移る。
桜を含めた生徒複数人は京香が何とか守っているため自分はその他の生徒を守るためにひた走る。
「皆!私の後ろに!」
桜がせめてもと皆を庇うように前に出ている。
その近くに宮沢さんも桜と一緒に前に出ている姿があった。
間に合わずアカメくんと葵くんに顔向けできない、という事態は避けられたのでよかった。
だが、状況は依然として最悪。
倒しても倒しても視界は邪霊で埋め尽くされ、守り通すのも限界が来る。
なるべく一点に固まって欲しいものだが、そんな指示を通せるような状況でもないし通ったとしてこの大群の中を彼女らがどうやって抜けてくるのだろう。
「いやぁぁぁあ!」
遠くの方で悲鳴が上がる。
また違うところで悲鳴が上がる。
また、別のところで…
「もう嫌!」
「まっ、待って!」
自分が何とか守っていた後ろから混乱した生徒が抜け出す。
だが、逃げられるわけもない。
邪霊に掴み掛かられ、あっという間に埋め尽くされる。
ちくしょう…ちくしょうちくしょうしくちょう……
「うわぁぁぁぁあ‼」
目の前で襲われているのに助けることが出来ない。
精霊教会の騎士として、悪魔や邪霊の脅威から皆を守ろうと鍛錬を積んできたのに…これでは何の意味もないではないか。
誰か…誰か……。
その時だった。
目の前で起こる悲惨な光景に心が折れそうになった時、一筋の深き闇が目の前の邪霊を一掃した。
「……え?」
何が起きたのか分からず、放心する。
そして奇跡はそれだけではなかった。
その他の邪霊、その大半が影から創り出された槍のようなもので一掃された。
何だ……誰が……。
応援が来てくれたのか……こんなに速く……。
そしてその援軍の姿を捉えた時、弘人の目にはまたも驚愕の色が浮かぶ。
「お、お前!悪魔狩りか⁉」
あの夜のこと、忘れもしない。
先生と一戦交えていた悪魔狩りが、何故か僕らを助けてくれていた。
どういうことだ、何故ここに…どうして助けた、何が目的なんだ…。
「散っている餓鬼共!こいつらの後ろに一点に固まれ!死にたくなければ早くしろ!」
悪魔狩りは僕の言葉を無視し、全体に向かって声を張り上げる。
生徒達は何が起こっているのかが分からず放心しているが、その間も深淵によって新たな邪霊は生み出され続けている。
そしてその全てを、悪魔狩りは目にも止まらぬ速さで斬り裂いていった。
「早くしろ!そう言ったはずだ!」
生徒達はまだまだ混乱しているようだったが、生きるためと自然に僕らの元に集まって来た。
突然現れ、窮地に活路を見出させてくれた悪魔狩り。
「どう、して……何で……」




