36話 1から100へ
段々と暑さが目立ってくるとともに、湿気を帯びた匂いが濃くなってくる今日この頃。
僕はボーっと学校に通っていた。
ここ最近の何度目かも分からない憑き物が落ちたような感覚を味わいながら、慣れてきた通学路を他の生徒と共に進んでいく。
いつもなら陽さんがどこかしらで合流して声をかけてくるのだが今日は会えなかった。
そんなこともあるか、と少々残念に思いながら靴を履き替え、教室に向かうと
「アカメ!よく頑張りましたぁ‼」
「!?!?」
教室に入るなりいきなりクラッカーが炸裂し、僕にメタリックなテープや紙吹雪、火薬の匂いが飛んでくる。
放ってきたのは陽さんと葵くんで、湊くんは後ろで『頑張ったで賞』と書かれた謎のデカい紙を広げている。
「……何、してるの」
我ながら当然の反応である。
思った反応が得られたのか得られなかったのか分からない様子で陽さんはうんうんと頷いている。
「いやぁ、上手く行ったね皆。ナイスチームだよ」
「は、恥ずかしいよ陽ちゃん…アカメくんも微妙な反応してるよ?」
「……お前らいつもこんなことしてんの?」
何だこの珍妙な集団は…意思疎通が全く取れてないじゃないか…。
だが、元気づけようとしていくれているのは伝わった。
確かにここ最近の僕は思い詰めているように見えたのかもしれない。
「…ありがとうね皆。僕、頑張ってたよ」
頑張ったで賞になぞらえて笑顔で感謝を伝えると陽さんがきょとんとする。
「………」
「ど、どうしたの陽さん?」
「…先を越されたね」
陽さんは短くため息を吐いて少々残念そうにすると、すぐに打って変わってバッと顔をあげる。
「アカメ、今週末遊びに行くよ」
「え、いいけど…急にどうしたの?」
「零を一にするのは取られたけど、一を百にするのは私!」
フンッと何やらやる気を出しているが何の話をしているのかまるで分からない。
「陽ちゃん、僕も行っていいかな!」
「勿論!」
「お、じゃあ俺もいいか?」
「ダメに決まってるでしょ」
「お前が答えたらそうなるだろうな!」
遊びの約束まで何で喧嘩してるんだ…。
ふと窓の方に視線を向けると上谷さんがこちらに視線を向けていることに気づく。
周りには京香さんや弘人くんがいて、三人で話しているようだ。
上谷さんは僕と目が合うと頬杖をつき、ふっと微笑んだ。
その週の土曜日、宣言通り僕たちは以前きた大型モールにきて遊ぶこととなった。
「アカメっ、大いに遊ぶよ!」
「う、うん」
「陽ちゃん!頑張ろうね!」
葵くんも何故か意気込んでいる。
今日の葵くんの恰好は男性が着そうなものであった。
湊くんもいるし当然と言えば当然だが、考えてみれば男モードの時の私服は見たことがなかったので何だか新鮮である。
「…なあアカメ、来ておいてなんだが…俺は居ていいのか?」
湊くんが陽さん達には聞こえないようにそんなことを聞いてくる。
確かに僕らはよく一緒に居るが、湊くんはこことは別に仲のいい集団がある。
そう考えれば外様気味ではあると感じてしまうのかもしれないが…。
「…何言い出してるのさ」
「わ!葵聞いてたのか!」
湊くんの声が聞こえていたのか葵くんがシラーっとした目を湊くんに向けている。
「僕は三人でもいいよ?だけど…今日はアカメくんを元気づける日だから、君にもいて貰わないと困るんだ。しっかりしておくれよ」
まさか居ていいと言われるとは思っていなかったらしく、湊くんが面を食らったような顔をする。
葵くんは鼻を鳴らすと陽さんとの会話に戻っていった。
全く、葵くんも素直じゃないな。
「と、いうわけだ。居てくれると僕は嬉しいな」
「……アカメがそう言うなら仕方ないか」
湊くんは少々照れくさそうに言った後、先導するように「お前らにここの遊び方を教えてやらぁ!」と息巻いている。
全く、どうして僕の周りの男はこう素直じゃない人が多いのだろうか。
アルマくんも素直じゃないし、ベルも…あいつは性格が曲がってるだけか?
やれやれ…と思いつつ、湊くんについていく陽さんと葵くんの後ろを追った。
言うだけあって湊くんは僕たちよりもこのモールの事を知っていた。
少し奥に行ったところにある美味しいご飯屋さんだったりとか、お手頃でなおかつおしゃれなものが揃っている雑貨屋さんだったりとか、特定の店でいくらぐらい使うと全体で使える割引券が手に入るとか、果てはゲームセンターのクレーンゲームで使えるテクニック等々の全くモールと関係ないところまで頼りになった。
数回程度しか来たことのない僕たちでは知らないようなことが沢山出てくるのでとても新鮮だった。
「これはこれは…流石に凄いね」
「ぐぬぬ…やるね湊くん」
クレーンゲームで獲得したデカいお菓子の箱を抱える陽さんとぬいぐるみを抱きかかえながら負け惜しみを言う葵くん。
「それほどでも。なんならぬいぐるみもう一個取ってプレゼントしてやろっか?」
「いらないよ!」
そう言いつつも別のぬいぐるみに視線が動く葵くん。欲しいのは欲しいんだな…。
後で取って後日プレゼントでもしてあげようかな。僕も湊くんに教わってクレーンゲームにはまってしまったし…。
ピカピカするおもちゃの剣の箱を抱えながらそんなことを考える。これはユウにあげるんだ、誰にも渡さん。
「手に持ってないでさ。横にある袋に入れると楽だよ」
「あぁ、ありが…え、何で⁉」
何の気なしにお礼を言って受け取ろうとしたところで気づいた。
上谷さん?何でここに居るんだ?
「桜さーん!広いので先に行かないでください!」
後ろから京香さんと弘人くんもやってくる。三人で来ていたようだ。
あちらにはバレていないと思いたいが…事実として悪魔の立場として敵対関係にあるので身を固くする。
因みに兄さんに対しても同じように対応に困ったのだが、少々よそよそしくしていたらあまりにも鬱陶しいダルがらみをされたのでもう元に戻った。
京香さんが僕の姿を認めると、あちらも同様に身を固くする。
…え、何?もしかしてバレているのか?
「え、えっと…」
何かを言い出そうとする京香さん。
もし悪魔であると言及されたのなら…どうすれば…。
「ごめんなさい!」
「………え?」
ピシっとあまりに綺麗なお辞儀をして謝罪されたので、今度は呆気にとられ別の意味で固まってしまう。
何が起こっているのか分からず困惑する僕に弘人くんが苦笑する。
「ほら、あの屋上の時。アカメくんに失礼な態度取っちゃっただろ?気にしてたんだよ」
「…あぁ、なるほどそれで」
だからこんな感じだったのか…紛らわしいな全く。
申し訳なく思ってくれているのもあるのかもしれないが、あの感じだと兄さんはこの二人の上司的な存在なのだろう。
曲がりなりにも弟である僕とは仲良くしておいて損はないもんな。僕としても敵対は避けたいし。
「だ、大丈夫だよ。頭をあげて。気にしてないから」
「……本当ですか?」
「本当本当。京香さんももう気にしないでね」
「私名前言いましたっけ?」
きょとんとする京香さん。
とても面倒なので弘人くんに説明を丸投げすることにした。後はそっちで何とかして欲しい。
「それで、何の用?」
陽さんが上谷さんに少々喧嘩腰で話しかける。
陽さんと上谷さんのやり取りはあの日から止まっており、良い印象を持ってはいないのだろう。
上谷さんが頭を下げる。
「あの時はごめんなさい。本当にあなた方を馬鹿にする気はなかったの」
「…でも、あんな言い方されたら誰だってそう受け取るわよ」
「何の申し開きもないわ…ごめんなさい」
少々重い雰囲気が流れる。どうしたものか…。
少し考え、ちょっと説明に手こずってそうな弘人くんに話を振る。
「弘人くん、三人で遊びにきてたの?」
「え。あ、あぁ、桜さんがここに来たいと言ってね」
「そっか。良かったらなんだけど皆で遊ばない?」
僕の提案に上谷さんと陽さんが驚いた顔をする。
「あ、アカメ!何で」
「今日は僕の頑張ったで賞労い会なんでしょ?わがまま聞いて貰おうかなって」
このまま上谷さんと陽さんがいがみ合っているのは少々忍びない。
陽さんも一度怒ったから引っ込みがつかなくなっているのだろう。
本来そこまで怒る人じゃないのにここまでなっているのは、僕と葵くんを侮辱されたと受け取ったから。
だけど、僕とおそらく葵くんもこんな関係は望んでない。
なら、ここで清算させた方が今後のためだ。
「私たちはいいけれど…いいの?」
上谷さんがおずおずと陽さんに問う。
「…アカメがそう言うなら仕方ない。一緒に遊びましょ」
「!ありがとう!」
「何でお礼言うのよ…」
花が咲くような顔で上谷さんが陽さんの手を握るが、それを嫌がるでもなく受け入れている。
特段相性が悪いようには見えなかったのだ。正解だったようで何より。
陽さんの周りに明確に女友達と呼べそうな人は居なかったのだ。葵くんも普段は男の子モードだし。これを機に仲良くなって貰うのも悪くはない。
葵くんが僕の肩をトンッと叩く。
「流石、アカメくんらしいね」
「葵くんもやっぱり気になってた?」
「うん、陽ちゃんには笑っていて欲しいし」
葵くんは慈しむような視線を陽さんに向けた後、今度は上谷さんにムッとした視線を向ける。
「…陽ちゃんの親友枠はアカメくんと僕で埋まってるんだ。負けないぞ」
何を言っているんだこの子は。
なんかまぁた敵対心燃やしてるよ…。




