34話 師弟
「………え…な…んで…」
「何呆けてんだ、行くぞ」
僕の動揺など関係ないとばかりに兄さんは攻撃を仕掛けてくる。
だがそれどころじゃない僕は防戦一方を強いられ、しかしそれすらままならず次々に傷を負う。
マズい…一回体勢を立て直さないと殺されるッ!
振り被られる剣劇を弾き返し、逃げるように踵を返して走り出す。
「はっ?待てよお前ぇ!」
まさか全力で逃げられるとは思ってなかったのか、兄さんは一瞬固まった。
とにかく時間を稼げ、そしてあわよくば逃げ切れ!
兄さんを傷つけられるわけないだろう⁉
そして先程騎士に怒号を浴びせていた場所を通り過ぎようとした時、また眼に入ってしまった。
「ッ悪魔がこちらに来るぞ!気をつけろ!」
「……は?何で今日は…ッ!」
そこに居たのは京香さんと弘人くんだった。
二人とも騎士だったのかよ…⁉
僕は右に方向転換し、闇から足場を創り出して屋上に駆け上がり逃走する。
「待てっ!」
「追うな!俺一人で行く!お前らはそいつらを安全なところへ!」
「「はっ」」
遠くから聞こえてきたがどうやら弘人くんたちは追ってこないようだ。
僕は全力で逃げた。
だけど、動揺もあって思った出力が出せない。魔力操作もガタガタ。
時間の問題なのは明白だった。
「おらぁ!」
「ッ!」
追いつかれた僕は兄さんに蹴り飛ばされ、斜め下にあった建物の窓を叩き割りながら転がされた。
「ふぅ…手こずらせやがって。装備一個お釈迦じゃねぇか」
兄さんは僕に追いつくために全力で霊力を回したようで、剣が煙をあげて破裂していた。
先程の吹き飛ばされた攻撃といい、同じ装備でも使い手の練度でここまでの差があるのか…。
兄さんは新しく抜いた剣を僕の首元に当てる。
「随分悪趣味な仮面つけてんのな。どこで作って貰えるんだ?」
「………」
無言を貫く僕に兄さんは頭をポリポリと掻くと「まぁいいか」と霊力を剣に集め始める。
「一つ聞きたい。元々戦っていたあいつ等、腱を断ち切られていること以外は目立った外傷はなかった。殺す気なかっただろお前。なんでだ?」
「………」
「それに、近頃追っていた悪魔が倒されてたなんて事態も多発した。さっきお前の横に悪魔の死体も転がっていた。…何が目的だ?人間の味方ごっこか?」
「……。」
一貫して無言を貫く僕に何を言っても無駄だと思ったのか、兄さんは剣を振りかぶる。
「まぁいい…じゃあな。何となく嫌いじゃなかったぜ」
心臓目掛けて死が飛んでくる。
……ここまでか。ごめんね兄さん、こんなことさせて……。
「……幸せになってね」
寸前で兄さんにそう言い、胸の辺りに傷が入ったところで剣が止められた。
あの状態から止められるのか…凄い反射神経だな。
「………お前一体」
兄さんが何か言いかける。
だが、それを聞く前に今度は何故か兄さんが吹き飛んでいった。
突然の出来事に目を見張り、何があったのかとし周囲を見渡す。
すると僕の横、そこには…。
「全く、世話の焼ける馬鹿弟子だ」
「……アルマくん」
まるで狼を象ったかのような仮面をつけているので顔は分からないが、直観的にアルマくんだと分かった。
…助けにきてくれたんだ。
アルマくんは僕を見て安心したように目を細めると兄さんの方に向き直った。
兄さんもギリギリで受け止められたのかひしゃげた剣を持ちながら冷や汗を流している。
「……何だ?仲間か?」
「そんなところだ」
アルマくんは威嚇するように一歩前へ出る。
「俺は今腹の虫の居所が悪いんだ。一度しか言わん、さっさと消えろ」
「………」
兄さんはひしゃげた剣に目を落とし、相手にならないことを悟ったのかそれを投げ捨てて窓から飛び降りていった。
アルマくんは周囲に脅威が居ないことを確認すると僕を抱えて背負うようにする。
「帰るぞ、アカメ」
「なんで…来てくれたの…」
僕の疑問に少々考える素振りを見せた後、仮面の奥でアルマくんが苦笑する。
「そりゃ……俺が師匠だからだな」
「……そっか」
何だか身体の力が抜けるような感覚があり、アルマくんの背中に身を預ける。
あの時の陽さん以来の…人の温もりではっきりと安心を感じた瞬間だった。
「アカメ、生きていたか」
屋敷に背負われて帰るとリヒトさんが僕を迎えた。
「近づくなリヒト!お前にアカメは任せられん!」
アルマくんはリヒトさんに猛烈な敵意を向けている。
僕が居ない間に一体何が…何でアルマくん娘を嫁に出すお父さんみたいなこと言ってるんだ?
「落ち着けお前ら」
ベルが階段の上から降りてくる。
リヒトさんは深々とお辞儀をするが、アルマくんは僕を気遣ってかあまり動かないようにゆっくりと頭を下げた。
「ベル様、只今戻りました」
「ご苦労だった。アカメは、回復出来ないのか」
「魔力はあるようですが、本人の動揺が激しく…」
「なるほど」
ベルが僕に近づき背中に手を置くと、無理やり魔力を送り込んで流してくる。
「いッ⁉」
「我慢しろ」
強制的に魔力を流されたおかげか回復が無理やり促進され、立てる程には回復する。
「お見事です」
「アカメと魔力の性質が同じだから出来る荒技だがな」
確かに荒いな…痛いのなんのって…。
全身を内側から針で刺されたような痛みを覚えながらアルマくんの背中を降りた僕はリヒトさんに頭を下げる。
「…ごめんなさい。冷静さを欠いていました」
「何故、直接現場へ向かった?」
リヒトさんの目は怒っているものではなく、何故そんな真似をしたのかと冷静に問いかけているものだった。
「……視野が狭くなっていました。僕がやらなきゃ他の誰かがやられる。誰もやらないなら僕がやるしかない。…誰も助けてなんかくれない、僕が助けなきゃいけない」
皆は遅々として話す僕の言葉を黙って聞いていてくれた。
「一度覚悟を持って決めたのなら最後まで貫き通さなければ今まで死んでいった人は何だったのか。過去への冒涜になってしまう…あけすけに言ってしまえば、怖かったんだと思います」
「そうか」
リヒトさんは一度目を瞑って考えると、すぐに開いて僕を見る。
「アカメ、済まなかった。お前をそこまで追い詰めたのは私の落ち度だ。本音を言うならば私はベル様の願いが叶うならお前はどうなろうと構わないと思っていたのだが…他ならぬベル様がそれを望んでいなくてな…」
「そんな!勝手に追い詰められていたのは僕の方で…僕が弱いばっかりに…」
「そうだ。お前は弱い」
ベルがリヒトさんとのやり取りに割って入る。
「悪魔としての力量は勿論のこと、精神もまだまだ未熟だ。自身の覚悟を貫き通す覚悟は得たようだが、それを貫くために捨てる覚悟は持てていないようだ。全てを掬い取ることなど不可能だ、この私を以ってしてもな」
「…ベルでも…」
これも分かっていたことだった…僕一人での力でなんて限界はいくらでもあるって。
それでも見捨てることは出来なかった…己が業を背負い続ければ解決すると安易に考えてしまった。
今思えば、それは覚悟のようでただの逃避であったのかもしれない。
そして、それすら無理があったということを今しがた思い知らされた。
下を向き暗い顔をする僕にベルは諭す。
「しかし、それでもその眼に映る可能な限りを掬い取りたいと願うなら強くなるしかない。取捨選択をしろ、出来ることと出来ないことを的確に見定め、掬えるものを全霊を以って取りに行け。お前自身が折れることは許されない。願いを遂行する鋼の精神を鍛え上げろ」
「……厳しいこと言うね」
「当然だ、お前が持ったのはそういう覚悟だ」
ベルは鼻を鳴らして奥に行ってしまった。
相変わらず素直じゃないな…と苦笑が零れる。
「…おい」
アルマくんが僕の肩を叩く。
「さっき誰も頼れないとか何とか言っていたがな…それはお前が思っているだけだ。何でも一人でやれるなんて思い上がるなよ。お前の家族や友達も…俺だっているだろ。他は知らんがちゃんと言えば……俺は…手を貸してやらんこともない…という、か…なんと言うか…」
言葉を重ねるうちにみるみる顔が赤くなっていくアルマくんの様子は何処かおかしく、遂には吹き出してしまった。
「なっ、お前何笑ってんだ⁉ぶっ飛ばすぞ!」
「…いや、ふふっ…ごめんね。ありがとうアルマくん」
ベルに続いて、ここまで素直じゃない反応をされると笑わない方が無理だというものだ。
「あーあー、アルマは素直じゃないねぇ」
「り、リナ!いつの間に!」
「アルマがアカメに告白し始めたぐらいからかな」
「してねぇよふざけんな!」
いつの間に現れたリナさんにからかわれてアルマくんの顔がいよいよゆでだこみたいになる。
知らず知らずのうちに口角が上がり笑みが顔を包む。
世界は綺麗だと…少しだけ思えた。




